過去と現在と未来

何処で区切られているのか

過去は過ぎ去った時間で未来は過ぎ去ろうとしている時間

では現在は?

現在は気がついた時には過去になり気がつく前は未来というなんともあやふやなモノでしかない






















ホグワーツに勤め始めて十数年。

生徒だった頃を合わせればかなりな年数。

その間は色々な事があり。

自分の中では過去として決別できたものもあればまだ乾かない傷口がジクジクと血を流しているモノもある。

痛み。

鈍感にならざるを得なかったといえば言い訳にしかならない。

もっと他の方法もあっただろう。

選べなかった最良と最悪のカード。

「・・・・つっ」

引きつれたような痛みが左腕に走る。

「こんなモノよりも・・・・」

心の塞がりそうもない傷口が酷く痛んだ。


















傷口は血を流し続けていたがけれども心が彼女を求めた。



グリフィンドール生の少女。

生粋のマグルである彼女にエヴァンスを重ねたつもりはない。

鈍くて強がりで寂しがりやの少女。

よく泣く子供だったと初めて会った時を思い出す。

『何を泣いてる』

びくり、と竦んだ身体は俯いたまま呟いた。

『家に帰りたい・・』

ホームシックになるには早すぎるなと思いつつホグワーツに慣れていない様子に心配してしまったのも確か。

愛されて育ったのだと帰りたい家があるのだと知って素直に泣ける者への羨望もあった。

『我輩の地下室へ付いて来い』

びくびくとしながらついてきた少女へ差し出したカップ。

紅茶は嫌いかと問えばふるふると首を振って細い指がそっとカップへと回された。

「・・・・美味しいです」

涙の雫が睫毛の先でキラリと光った。

指先で弾いてやればびっくりした表情。

「あ・・ありがとう・・ございます」

「・・・ああ」

真っ赤になってしまった少女につられて顔が熱くなった気がした。















コンコン

「スネイプ先生?」

ひょこりと覘かせた顔にああと返事をした。

「課題は済んだのかね」

あの時の幼かった少女はいつのまにかすらりとした手足をもつ女性といえる体つきに成長していた。

「先生があの最後の課題を出さなかったら一時間は早く終わってましたよ」

ぷうっと頬を膨らませて紅茶を注ぐ少女に今日こそはと考えていた言葉を告げた。

「このような地下室へ来る暇があれば勉強した方がいい。なりたいものがあるならばなおさらな」

「それって・・・邪魔になるってことですか?」

小さい声は震えていた。

息をついて全てを吐き出した。

「そうだ」

はっと息を飲む音がした。

きっと唇を噛み締めているだろう彼女に背を向けたまま歯を食いしばる。

全てを無くしたあの日を思い出せ。

金臭い味がした。


















「私の目を見て言って下さい」

ローブが引っ張られたのを感じた。

涙色の声にずきりと痛む胸。

「邪魔だと言ったのがわからなかったのかね」

「わかりました。でも最後くらい私と向き合ってください」

その声に覚悟を決めて振り向く。

濡れた漆黒の瞳が見上げていた。

「我輩はお前のような者に付き合う暇などない」

迷惑だ。

そう言葉を紡ぐ。

心にない言葉を紡ぐのはこれほどまでに難しかっただろうか。

「・・・・わかり・・ました」

俯いた頬からは止め処なく流れる涙がぽたぽたと伝わって床に染みを作っていく。

「今までご迷惑を掛けてすいませんでした」

失礼しますと俯いたまま立ち去った姿を瞳に焼付けてぽつりと呟く。

「これでよかったのだ」

安堵すると思っていたのに感じたのは安堵ではなく傷つけたという罪悪感だけだった。

呟いた言葉だけが部屋に空しく響いた。























校長の言葉の後には大空に舞ったネクタイたち。

もうグリフィンドールとかスリザリンなどという区別もない生徒達は生徒でなく一個人として其処にいた。

あの日手を離した少女は儚い笑顔を浮べて友人達といた。

「教師とは嫌なものだな」

ぽつりと呟く。

巣立っていくのは生徒ばかりで残された教師達はただの抜け殻のようだ。

その言葉を聞いたのか近くに居た教師の一人がスネイプの胸の内を読んだかのような言葉を紡いだ。

「そうですね。でも過去も現在も未来もあの子達に開かれているように私達にもあるのですから」

いつ例のあの人に殺されてもいいように気侭に生きるだけですよと酒の勢いでか言い放って笑った。

「そう・・・だな・・・」

スネイプも酔っていたのかも知れない。

酒にではなく感傷に。

でなければあの日の決心を揺るがす事などなかったはずだ。

けれども巣立っていく少女の背中とその笑顔を見ている青年の様子に苛立ちが積もっていく。

「今日は無礼講でしたな」

ガタンと椅子から立ち上がってスタスタと舞い上がっている生徒の間を縫って向かった。

幾人かは積年の恨みとばかりに幾つかの魔法を掛けてきたが顔も向けずに杖の一振りで呪いを跳ね返した。

あちこちで跳ね返された呪いのお蔭で笑いが止まらなくなったりぴょんぴょん飛び跳ねる者がでた。

真っ直ぐに足を進めて向かう先は一人の少女。

あの日、別れを告げた少女に自分は何を言いたいのかさえわからずに足を進めた。

「・・・・スネイプ先生」

久々に耳にした声は戸惑っているようだった。

スネイプは隣にいた男子生徒を一睨みして退散させると口を開いた。

「卒業おめでとう。ミス・

と名を呼ばなかったことに少女は傷ついた顔をした。

「ありがとうございます。スネイプ先生・・」

「我輩はもうお前の教師ではない」

「・・・・そう、ですね」

繋がっていた細い絆の最後の一つが断ち切られた。

「やっと決心がついたことがある。聞いてくれるかね」

「なんですか?」

寂しげな声にスネイプはぐっと声に力を込めた。

「我輩はもうお前の教師ではなくミス・も生徒ではない」

一息ついてしっかりといぶかしんでいる瞳を見据える。

「こんな時代だ。いつ死ぬかさえわからん。我輩は一度お前を巻き込むのを恐れて距離を置いた。だが今となっては・・・」

涙の浮かんだ目尻をそっと指で拭う。

「・・・我輩の手の届かない場所で死んでほしくない。他の男になど渡しはしない」

守るからと囁きともつかない声で告げた。

「我輩が守るから共に生きてはくれないかね」

そっと願うように呟いた声にはコクリと頷いた。



















「本当はあのパーティーの後ここに来るつもりだったんですよ?」

スネイプのプライベートルームに初めて入った少女は無邪気にベッドに腰掛けて言った。

「ほう・・それでどうするつもりだったのかね」

「頑固者の愛しい人にどれだけ愛しているか伝えて待ちますって言って逃げるつもりでした」

「待てども返事がなくてもかね」

柔らかな微笑みと共に出た言葉にスネイプは僅かに驚いて問い返す。

「構いません。スネイプ先生が私を好きになってくれなくても自己満足かもだけどずっと好きなのは変わりませんから」

ベッドの上で幸せそうに囁かれてスネイプは嬉しいような困ったような表情をした。

「時と場合を考えて告白してもらいたいものだな」

「なんですか?」

くっくっと笑いながらスネイプはギシリと音を立ててベッドに腰を掛けた。

その後は彼と彼女しか知らないことである。

























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あとがき。     不器用な先生と健気な生徒の話。 フリー夢。   05/08/19