「久しぶり」

そう言って笑う人間を見て生まれて初めて明確な殺意、というものを持った。

目の前にいたのはかつての彼氏と呼んでいた相手である。

ただお祖母ちゃん子だったせいか現代の恋愛事情よりも進むスピードが遅かったせいでヤれない詰まらない女と捨てられた。

今時、中学生の方が進んでるぜと言われても心が追いつかなかったのだ。

その時は凄く傷ついたような気がする。

殺意はそのへらっとした笑みに浮かんだがすぐに消える。

殺意の後にはよくあんなことを言って別れた相手に普通でいられるなんて凄いなという妙な感心しかない。

悪魔の同居者と比べると同じ好意でもベクトルとか大きさとか色々違っていたのかもしれない。

もうすれ違っても話しかけるなよなと確か言っていたなあと思いながら横を通り過ぎようとした。

「おい、無視するなよ」

「触らないで貰える」

肩を掴まれて払い除ける。

ああ、今日のご飯何にしよう。

寒いし鍋がいいか、楽だしと残っている野菜を思い出しながらメニューを考える。

悪魔は本来食べなくていいらしいが食べるなら美味しいものがいいだろうと喜ぶ顔を思い笑みが知らず浮かんだ。

「ちっ。まだ怒ってんのか?お前まだ俺のこと好きなんだろ。今日飯食おうぜ」

掛けられた言葉に呆れる。

確かに一時恋人という関係にあった。

別れた直後はショックを引きずった。

けれど何故そんな勘違いが出来るのか。

全く持って不思議でならない。

「何か勘違いしてない?私、今付き合ってる人いるから」

ちょーラブラブ。

あの男が聞けば顰めるような軽い台詞。

けれど目の前の勘違い青年にはちゃんと伝わるのだ。

「はあ!?嘘だろ。俺とすぐより戻すと下に見られるとか思ってんの?そんな駆け引き面倒だからさあ」

いや伝わらなかったらしい。

いい加減にしてほしい。

「あのさ、こんなところあの人に見られると私困るから」

愛されてますからとニュアンスをふりかけた台詞をチョイスしてみる。

うわあ、鳥肌立った。

日頃言い慣れてないからこういう台詞こっそり憧れていたけれどもういいです。

こういうのは女優さんだけにお任せで!

「俺信じねーから!」

一刀両断する青年に困る。

大体私を理解しようとしなかった彼が私の何を持って信じる信じないというのだろうか。

本当に一時付き合った相手なのだがろくでもなかったのだなと反省する。

過去の私に会えるなら目を覚ませ、といってやりたい。

という思いも最寄スーパーについてすぐに消える。

思うのは家で待つ男と突付く予定の鍋材料のみ。

だからぐつぐつ煮える鍋を前に修羅場を迎えるとは想像もしてなかった私を責めることは誰にも出来ないと思うのだ。