「僕は絶対一個も貰えないよ〜」
廊下を歩いているとペティグリューの情けない声。
「俺はいらねーからリーマス食えよ」
忌々しい声も聞こえ違う廊下をと考えてなぜ自分が、と思い直す。
「グリフィンドールの礼儀知らずは公共の場で騒ぎ立てるのが好きらしいな」
口を突く嫌味。
「ああ、柱の影で怯える泣きべそスリザリンよりマシだな。・・・お前は0だな」
ふっと勝ち誇ったような笑みを向けられむかつく。
「ハッ!馬鹿にするな、何がいいたい」
「バレンタインのチョコレイトだよ」
黙っていたルーピンの言葉に馬鹿馬鹿しいと息を吐いた。
「そんなのは数じゃない。欲しい相手がいて貰いたい相手から貰えることが重要だろう」
お前達の馬鹿なポッターのようになりたいとは思わないがと言えばブラック達は少しばかり考える表情をした。
「あんだけ欲しいってゴネるのもなー」
「恥ずかしいよね」
「リリーは嬉しそうだったよ」
人を無視して会話する奴らに関わるのも面倒で足早に立ち去った。
チョコレイトをバレンタインに送るのは遠い島国の決まりらしい。
いつのまにかホグワーツにも定着し当日は甘い匂いが立ちこめる。
甘いものが得意でない人間には苦痛だし貰えない男子生徒は自棄を起こす時期だ。
反対に女生徒は勢い付いて恋愛一直線だ。
例外はどこにでもいるがその数は少ない。
噂では下馬評は昨年一位だったポッターが彼女持ちになったからブラックがダントツという話だ。
聞きたくもないのに姦しい人間はスリザリンにもいるもので自分の耳にも入ってくる。
良きにつけ悪きにつけ目立つものは強い感情を抱かせる。
恋情であったり憎悪であったりするのだが。
セブルスはくだらないなと考えを頭から払い除けた。
幾人かはポッター程ではないが目当ての相手に催促したという。
欲しい相手と思って浮かぶのは一人の少女だが彼女が誰にあげるという考えを何故だか自分はすっかり失念していたのだった。
「?その手に持っているのは・・・チョコ?」
偶然にも騒がしい校内を避けていつも読書や薬草の栽培に利用している温室へと足を向けた先に考えていた人物の姿。
ハッフルパフの生徒の・。
セブルス自身も話したことはつい三ヶ月ほどまでなかった。
話した切っ掛けは向かっていた温室だった。
「虫もついてないしこれなら来週には咲くかなあ」
人気のない、他の生徒が近寄りもしない温室の中で自分以外の存在に気付く。
しゃがんでいたせいか気付かなかったらしい。
彼女はスカートを汚さないように裾を押さえながら葉を裏返したり蕾の数を数えたりしている。
大事にしているのか表情がとても楽しそうだった。
いつもなら好んで他人に関わることはないのだがちらりと見て気付いた事象は見過ごせない。
「おい、その花の根、悪くなってるぞ」
「え!?」
振り向いた少女は自分の顔を見て驚いたのか固まった。
「だからそのままじゃ花は咲かないぞ。植え替えるか土を水はけの良いモノにしてできれば蕾に支えをしてやるといい」
「え・・えっと、うん」
もたもたと慌てている様子に溜息がつきたくなる。
ちらりと見えた寮章はハッフルパフでなるほどと納得してしまう。
ハッフルパフは要領の悪い者が多い。
その分地道な作業は努力家な彼らの得意分野でもある。
「僕がする」
慌てて手で土を掘り出した少女にぎょっとして杖を振る。
植木鉢に植え替えてついでに蕾に支えをつけてやる。
「蕾は取らないのか?このままでは大きいのは咲かないぞ」
「あ、うん。取っちゃうと大きいのができるのはわかってるけどかわいそうだから」
折角つけた蕾だもんと笑った顔にそうかと答えた。
それからたまに会うようになった彼女と薬草や植物の話をするようになった。
意外なほど植物について詳しく知っているので聞いてみれば彼女の父親が植物の専門学者なのだという。
人付き合いの悪い自分が何故こうも彼女なら話しやすいのかと考えたこともあるが答えは出ずにそのまま今日がきた。
「・・・・・・・・うん。チョコレイトだよ」
問い詰められて恥ずかしそうに俯いた表情は初めて見たものだった。
ずきんと胸の奥が痛む。
「わかった、シリウス・ブラックでしょ!?って幼馴染って言ってたもんね!」
「え・・・・・」
その言葉にどう答えるのかわからなかった。
でも聞きたくもなかった。
頬を染めて頷く様も見たくなかった。
逃げ出すようにその場から踵を返した。
温室が広く寒々しく感じた。
がいるのが当たり前になっていたのかと思うと笑いが漏れる。
もう彼女はここにはこない。
何故だかそんな気がした。
ブラックのことが好きなんて最悪だ。
あいつは貰ったものを甘いものが苦手だという理由から口にしない。
ならば受け取らなければいいのにと思う。
そしてそんなことを考える自分が嫌だ。
ブラックがどうしようと奴の勝手だ。
そしてが受け取って貰えたと喜んで結局チョコレイトがルーピン辺りの腹に収まるのだって関係がない。
苛々する。
吐いた息は思った以上に重かった。
「あ、セブルス!此処にいたんだ」
びくんと肩が揺れる。
振り向けば駆け寄ってくる。
「探してたんだ。ちょっと聞きたいことがあって」
「・・・・・なんだ」
不機嫌に返せば少しだけ怯えたように身体を竦めた。
「え・・あ、あのね。男の子ってチョコレイト好きかな?」
セブルスは?と聞いてくる声がやけに期待に満ちている気がする。
ブラックのためにかと思うとかっと頭に血が上った。
「さあな。僕は大嫌いだ。だがお前の大好きなブラックなら喜んで食べてくれるはずだ」
「え・・・どうして・・・」
驚いている表情にそんなにブラックが好きなのかと思うと腹立たしくて仕方ない。
傷つけてやりたい。
衝動に負けた瞬間。
「お優しいブラックは『ありがとう、大事に食べるよ』といった後ルーピンに渡して甘い匂いに辟易するだろうがな」
「・・・・酷い」
傷ついた瞳を見てしまい卑怯にも目を逸らした。
だから遅れた。
「私が好きなのはシリウスじゃないっ!・・・・・セブルスの馬鹿っ!貴方がそんなにチョコレイト嫌いだって言うなら勝手に捨てて」
「なっ!」
バシっと投げつけられた箱。
駈け去る後姿に呆然と立ち尽くした。
暫くしてのろのろと地面に落ちた箱を拾えば一緒にカードが添付されていた。
「・・・・・・これは」
宛名には自分の名。
その事が表すことの意味を悟って箱を握り締めて慌ててを追いかけた。
「・・・・・・・・受け取ってもくれないなんて酷い」
は一人で禁断の森のはずれまで来ていた。
「シリウスの人でなしっぷりは批判されても仕方ないと思うけど・・・・自分が欲しくないならそう言って欲しいよね」
はあっと溜息を吐く。
と其処に遠くから人影が見えた。
「あれ?」
「おう、!お前なんでこんな所にいるんだ?」
「シリウスこそ」
噂をすれば影って本当だったんだと思いつつ久しぶりに幼馴染と会うなあとぼんやり思っていた。
「な、なあ。は誰かにチョコやらねーの?」
「えー?シリウスはチョコ嫌いでしょ」
なんで?と聞き返せばああとかうんとか要領を得ない。
「わかった!リーマス君のチョコが足らないとかでしょ!でも彼あんなに細いのにね。シリウスの分を食べても鼻血でないのかな?」
「いや、そうじゃなくて」
シリウスがどう言おうか悩んでいた所にセブルスが到着した。
「!話がある」
「げ!な、なんでお前がコイツを知ってんだよ!?」
シリウスのことなど無視してセブルスはに言った。
「頼む、僕の話を聞いて欲しい」
「わかったわ、じゃあシリウスごめんね」
どこか固いの表情に驚きながらシリウスは二人の背中を呆然と見送ったのだった。
温室に戻って何から話せばいいかと迷う。
「振るならさっさと振ってくれないかな?」
それもの一言であっさりと流されるのだが。
「誰が振ると言った!僕が好きなのはなんだぞ!」
あっと思った時には遅く言葉は口から出れば戻りはしない。
「・・・・・・嘘」
ぽかんと聞いたことが信じられないと言った表情の彼女に溜息を吐きたくなる。
「計画が台無しだな。最初に謝って誤解を解いてそれから好きだと言うつもりだった」
もう一度きちんと最初からやり直したかった。
酷い言葉を投げつけた自分を許してもらいたかったのに。
彼女といると落ち着くのに何処かペースを乱されてそれさえ心地いいと思ってしまう。
重症だ。
「さっきは済まなかった。が好きなのはブラックだと思っていたから・・・・」
「嫉妬してくれた・・・とか?」
「口に出すな」
柄にもないと照れている様子のセブルスには徐々に嬉しさがこみ上げる。
「ねえ、私は・はセブルス・スネイプ君が好きです」
お付き合い、してくれませんかとチョコ言うつもりだった言葉を紡ぐ。
「ありがとう。僕もが好きだ」
チョコレイト嬉しかったと言って笑ったセブルスにがうわー!と内心大騒ぎしてますます好きになったことや
シリウスが結果的にに振られてしまったことは一部の者しか知らないホグワーツの歴史の一部である。