「初舞台よりもドキドキするかも」














新年の幕開けに開催されるチャリティー目的の舞台に向けて練習中のは些か落ち着きなくちらりと少し離れた共演者を盗み見たのだった。

彼は英国でも名優と名高い。

それはの国でも響き渡るくらいで。

多分彼の演技に対する情熱や真摯な態度が評価された結果だろうと思う。

役者は演技さえよければいいというのが現在の風潮だが仕事に真面目な彼は人間性でも買われている。

ラブシーンなんて楽勝なんだろうな。

なんていってもベッドシーンなんて過激なものではなくてただのキス。

しかも触れ合うだけ。

幾多の名演技で様々な作品を仕上げてきた彼には物足りないほどのものだろう。

でも自分はこんなにもドキドキしてる。

「今は演技のことだけ考えなくちゃ」

言い聞かせて深呼吸する。

ちょうどその時スタッフの一人からリハーサルの開始が告げられた。























隣に立ったアランからパチンとウィンクされた。

緊張していたのがわかったのだろう。

綺麗に決まったウィンクは彼の魅力に溢れていて胸がきゅっと締め付けられる。

流石ねと苦笑すれば抗議の声。

「笑うなんて酷いな。今から頼むよ、?」

耳元で囁かれる声はそこらのお菓子より何倍も甘い。

滑らかな低音にヴェルヴェットボイスなんて囁かれるのも納得してしまう。

「・・・・っええ。貴方のリードに任せていたら大丈夫ってお墨付き貰っていますから」

くしゃりとやや猫っ毛な髪に指を絡めてスタートの合図を待つ。

とても綺麗な瞳に自分が映っているのが信じられなかった。





















私の役は恋人の親友のアランに恋してしまう女性。

不実ってわけじゃない。

恋人のことは確かに好き、なのだ。

けどアランに出会って恋人に抱いていた気持ちが友情の延長だったことを悟る。

そして好きだとは言い出せない。

彼が結婚するのを黙って受け入れる弱い人。

恋人の支援で親の借金がなくなったりする複雑な事情もあるのだけど。

『・・・・・・やめて頂戴』

唯一の触れ合い。

たった一度の私は恋人への彼は親友への裏切り。

駄目だとわかっていても触れたいと望む心は止められなくてゆっくりと近づく口唇。

いけないと思いつつ温もりが愛しい。

「・・・・ふっ・・」

驚いた。

脚本には触れるだけのキス、つまりフレンチキスって書かれていたのに優しく入ってきた舌。

どうすればいいのかわからずゆるゆると目蓋を閉じた。




















「じゃあ、この調子で本番も頼むよ」

乾杯と年越しパーティーが舞台成功を祈ってなんて理由もこじつけられて開催された。

同伴者なしのパーティーだったから少しほっとして参加できたのもある。

ちょっと顔を出して帰るつもりだった。

年越しに一緒にいたいボーイフレンドはいなかったし家族は遠い日本にいることもあって一人で新年を祝うよりはいいかな?なんて思ったのだ。

「やあ、楽しんでいるかな?」

ふいに現れた影に驚いて振り向けば主役と言ってもいい彼がいた。

「ええ。アランはこんなとこにいていいんですか?主催者さんとか色々話したそうだったけど」

がいたのは壁際の目立たない場所だ。

だからこその言葉だったがアランは肩を竦めて見せた。

「私はああいう華やかな場所は苦手でね。できれば君みたいな美女とこっそりカーテンの中の方が嬉しいね」

冗談を言うアランに呆れたと笑う。

「お世辞は有難く頂きます。でも美女なんて言っても何もでないですよ」

全く英国紳士はと怒ったふりをする。

「心外だな、私は本気だよ」

くすっと笑う表情がとても魅力的だ。

暫く話していたらアランがああ、と呟いた。

「ほら、これをもって」

差し出されたのは近くを通ったボーイから受け取ったグラス。

シャンパンらしいそれはパチパチと小さく泡を弾いている。

「3・2・1・・・Happy new year!!」

あちこちでカチンと澄んだ音が聞こえる。

ふっと灯りが消されてドーンという大きな音と共に新年を祝う花火が上がった。

大きい硝子の窓から見える景色に紛れて人々は新しい年を祝う言葉を交し合う。

、新年を祝ってキスしてくれないかな?」

抱き寄せられていいですよと口唇を寄せた。

頬に軽く触れた親しい友人へのキスだったのだが。

「違うよ、其処じゃない」

戸惑ったのも束の間、すぐに奪われた口唇。

何が起こったのかわかったけれど驚きで理解できない。

「君が・・・・好きだ」

いとおしむように囁く声は私の幻聴だったのだろうか?

ふわふわと酔ったような身体はしっかりとアランの腕に抱き寄せられている。

「二人で話したいから此処を出よう」

主催者に断りを入れてくるから待っているんだよと諭され頷く。

立ち去りたくても今のくらくらしている思考と身体じゃホールから出る扉までも辿り着けそうにない。

ざわめくパーティーを何処か遠くで感じていた。






















「私の家でいいかな?手は出さないと約束する」

アランのために用意された車に乗り込み言われた言葉に頷いた。

「信用してますから」

ようやく出た言葉は本心からだった。

俳優として人間としての彼を信じてる。

その言葉を聞いたアランは何処か困ったような表情をした後に運転手へ指示をした。

車は流れるように動き出して新年を祝う家々の明かりが川の流れのように硝子に映った。

アランと二人で車に乗っている今が夢でないとどうしていえるのだろうと思いながら無言の時間が流れた。

言いたい事も聞きたい事もあったのだけど運転している第三者の存在が気になって躊躇われた。





















「飲み物は何がいいかな?」

珈琲と紅茶くらいしかないけどと言われて珈琲を頼んだ。

普段は紅茶を好んでいたが思考をはっきりさせるためにも珈琲の方が丁度良かったのだ。

「悪いけどコートはそっちに掛けて座ってて貰えるかな?」

ソファーを指差されて頷く私を見た後でアランはキッチンへ消えていった。

二人のコートを掛け終わってソファーへと身体を沈めた。

アランの自宅に私がいるなんて数時間前の私でも想像していなかったしできなかった。

注がれた珈琲をお礼を言って口をつける。

温かい珈琲が身体にゆっくりと熱を思い出させた。

一息つくと目の前のアランが何から話せばいいかなと呟いたのが聞こえた。

「あの・・・冗談ですよね?」

さっきもだが今では益々自分に都合のいい夢を見ていたような気がする。

「本気だよ。私は、君に恋してる」

苦笑まじりに言われた。

好きなんだともう一度言われてどう答えればいいのかわからない。

無言の私の反応にアランは肩を竦めた。

「こんな歳の男から告白されて君にとって迷惑だと思う。でも君を好きになってしまって止められなかった」

「うそ・・・・」

信じられなくて零れた言葉はあっさりと空気に溶けた。

「本当なんだ」

その真摯な瞳は何処までも真剣でありえないはずなのに、信じてはならないのに、嬉しいと思った。

「君の気持ちも顧みずに一方的に押し付けてしまう私のような男を君が選んでくれるとは思ってないよ。だから・・・」

「あ・・・貴方にだって、貴方自身を貶める言葉は・・・許さないんだからっ!!」

アランの言葉を遮って放った乱暴な言葉に驚いた様子だった。

「わっ・・・私はっ・・・貴方を・・・アランのような役者になりたいってずっとっ・・・」

尊敬していたのだと最後は消えるくらいの声しか出なかった。

今回の舞台だってチャリティーもだが何よりアランとの共演を楽しみに頑張ったのだ。

アランの視線が顔を上げたの視線と絡まる。

「私・・・今は一人の男性として貴方が好きです・・」

歳とか関係なかった。

気持ちが伝わるとは思っていなくて諦めていたから。

だから驚きと不安とそして信じられないほどの嬉しさで涙が止まらない。

「愛してるよ・・・・・」

優しい温もりがゆっくりとを包んで涙で汚れた顔を優しいキスが降りていった。























アルバムを整理していたは思わず、といった様子でふふっと笑いを漏らした。

ソファーに座っていたアランは不思議そうに聞いた。

「どうしたんだい?」

「手を出さないなんて言ったのにあの後しっかり約束を破ってくれた誰かさんを思い出したのよ」

英国紳士の名も廃れたわねとは笑う。

「両思いで愛しい人を前に手も出さないほうが英国紳士の名を落とすんじゃないかな?」

なんて言って笑うアランの姿。

あれから数年経った今も二人はお互いを大事に思いあっている。

、今日のパーティーはあのセクシーなドレスがいいんじゃないかな?」

「ああ、あの脱がせやすそうな服ね。その提案は却下します!」

冗談を言い合いながらキスをする。

新年パーティーにそろそろ出かけなければならない時間だ。

、愛してるよ」

君といつまでも新年を迎える事ができたらなとアランが呟く。

「愛してるわ、アラン。絶対離してあげないんだから」

覚悟しててと笑う。

そしてそのパーティーに出席してからそこそこに会場を抜け出す二人の姿を友人達は毎年のことだと温かく見送ったのだった。