仕方ない

わかっている

でもその表情は誰にも・・・他の誰にも見せたくなんてないと思ってしまうのだ




















「アランー!」

待ち合わせしていたカフェの向かいの道にタクシーから降りて何処にいるかと探しつつあるいていたら彼女の方が先に自分を見つけたようだ。

春の装いの若い女性はカフェに一足先に訪れた春の精みたいだ。

大きく手を振って笑う姿につい笑みが零れてしまう。

役者として自らの表情をコントロールできないのは情けないと思うが愛しさにはかなわない。

恋人のを見るといつだって幸せになれる自分をつい近頃発見した。

「待たせて悪かったね」

撮影が少し長引いたことを詫びる。

いつもならオフの時くらいしか会えない彼女。

スケジュールを聞いて自分の撮りがなかった日に合わせてデートに誘ったのだが前日になっていきなりワンシーンだけ予定が入った。

優しい恋人は笑って残念だけどデートをキャンセルしようかと言い出してくれたけど自分が嫌で我侭を言った。

『すぐに済ますから待ってて欲しい』

ぽっと頬を染めて頷いてくれた彼女を帰すのにどんなに理性を使ったことだろう。

「今日も、だけどとても綺麗だ」

白いフリルシャツにピンクのジャケット。

薄いピンク色のふわふわ揺れるスカートから伸びる脚には華奢なピンク色の靴。

あまりヒールの高い靴は苦手と言っていたなと思いつつそっとオーダーした紅茶を口にした。

「まるで春の精かと思ったよ」

「リップサービスしなくても怒ってないってば!」

くすくすと笑う姿がとても可愛らしい。

ちらちらとこっちを覗き見てる周りの男たちの視線なんて気づいてもないんだろうなと思うと困ったような気分になる。

彼女が自分だけを見てくれているのは知っているから半分はくすぐったいような優越感もあるのだけど。

「じゃあ、まずは買い物から」

エスコートさせて頂きましょうと腕を差し出してチップを多めにテーブルへ残すとカフェを二人で後にした。





















「そろそろ決めてくれないかな」

音を上げてしまったのは勘弁して貰いたい。

いっそ気に入ったなら二つとも買うよと言ったのだけど律儀な恋人は頑として首を縦には振らなかった。

「う、うん・・ごめんね、でも・・・・」

どっちにするか決まらないとばかりに視線は洋服へと向けられている。

ひとつは黒いジャケットのスーツでもうひとつと言えば黒い皮のジャケットだ。

「こっちの黒のスーツは絶対似合うのよねーでもこっちのアランも見てみたいし・・・」

どうも決められそうにないなと肩を竦めて店員へ告げた。

「二つとも頼むよ」

「ちょっ・・・アランってば!」

抗議の声を上げる恋人に謝る。

「ごめん、でもそろそろ家で何か食べよう。折角デートだけどここじゃ君とキスできないだろう?」

耳元で囁けば真っ赤になって俯く

「もう・・・馬鹿」

怒ってないのは知ってるから片眉を上げてからウィンク一つ。

「じゃあ行こうか」

片手にデートの戦利品を片手に愛しい女性を連れて日が傾き始めた街を後にした。



























「ねえ、撮影はどんなシーンだったの?」

珈琲を入れたマグカップを両手に包んでソファーに腰掛けたがたずねた。

そうやっていると彼女はとても若く感じて自分との年齢差を感じてしまう。

若いから彼女を好きになったんじゃない。

しかし自分がもう少し若ければと他の男に嫉妬してしまう時もある。

「そうだな・・・チェロを弾いたよ」

聴いてみるかい?と言えば嬉しそうに頷く恋人のためだけに演奏会を開こうと練習用に用意していたチェロを用意した。

「私の役は幽霊でね、恋人のためにチェロを弾くんだ」

「恋人が眠れるまで?」

「ああ、幽霊だからその程度しか出来ない。抱きしめて暖めることもキスすることも。できるのは愛していると囁いてそっとチェロを弾くことだけ」

静かな部屋にチェロの音色が響いた。

「・・・嫉妬しちゃうわ」

引き終わってぽつりとが呟いた。

「何にだい?」

恋人役の女優にだろうかと思っていれば思っても見ない回答だった。

「チェロに」

「チェロに?」

「だってチェロを弾く時のアランってとても優しいんだもの」

そう言われても自分のことだがよくわからない。

だが不満げに拗ねているような恋人は言葉を続けた。

「あのね、こう首を傾げてるじゃない?それがまるで恋人のご機嫌を伺ってるように見えるの。弦を押さえる指だって・・・」

最後には馬鹿なことを言ってしまったと後悔したかのように口を噤んだ恋人。

本当にいとおしくて堪らない。

「演技指導というかチェロを弾くのを教えてくれた人がねこう言ったんだ。チェロには恋人へ接するようにしてくださいって」

「そう・・・なの?」

「ああ。だから私はチェロを弾く時はいつだってのことを思ってる」

チェロを横に立てかけ腕を広げれば恥ずかしそうに近寄ってくる恋人をすっぽり腕の中に閉じ込めた。

「私も君の周りの男にいつだって嫉妬しているからおあいこだね」

そう囁くと驚いたような瞳と視線がかち合う。

「「愛してる」」

重なった言葉を最後にゆっくりと触れる口唇。

の指にこっそり撮影の後に受け取りに行った指輪が翌日から光るようになるのだった。