狭く暗い穴から出てみれば知らない世界だった。
目の前で笑う女は誰なのか。
何故、己に笑いかけるのか。
訳もわからず混乱する。
それが風魔小太郎の現世での最初の記憶である。
どうやら前世の記憶を持ったまま生まれ変わったらしいと悟ったのはいつだったか。
人一人の記憶を内包したまま、明らかな許容量オーバーに困惑を隠せずに喜怒哀楽を示さない息子に両親は恐れを持った。
それが悪いとは思わない。
生活費はきちんと受け取っているし、前世の主である北条氏政に託してくれたことは感謝している。
懐かしい人間が居る事は己のような者にも安らぎを与えてくれるらしい。
前世の記憶がなくとも主は主のままであり、また同じような人間と出会った事も落ち着く原因となる。
甲斐の忍に越後の忍。
彼らも記憶はないようだが名もそのままに主と前世とは違う現世での絆を得ている。
だからそう悪くはないはずなのだ。
普通の人間とは言えないが少しだけ昔の記憶を持っているだけの違いだ。
そう思い、言い聞かせるが何かが足りない。
何かが足りないのだ。
幼い、まだ生まれたばかりの頃に己の弱さと訳のわからない焦燥感にただ泣いた。
手の伸ばした先に触れない何かを求めているのだと己は知っていた。
知っていたけれどそれが何かがわからなくて、それが悔しくて悲しい。
手に入らない何か。
宙の雲を掴むような心地で日々探していた。
そしていつの間にか俺は高校生となっていた。
未だ何も見つからないまま探し続けていた。
ある日、前世で繋がりのある猿飛から呼び出された。
珍しいと呼び出された場所へと行けば合コンとかいうので下らないと踵を返した。
今、出ようとしていた喫茶店のドアベルが鳴って飛び込んできた人物を見て時が止まる。
今時珍しい黒髪。
長い睫毛に縁取られた黒い瞳。
日に焼けない白い肌。
華奢な身体もまだ聞けていない声も全てが己の求めていたものだった。
「こ・・・小太郎っ!?」
驚いた少女は泣きそうな表情で美しく笑い、己は彼女に手を伸ばす。
生まれ変わっても逢いましょう。
そう微笑んだひとは誰だったのか。
2009/12/18