「あ、ホワイトデー」

英国式魔法界カレンダーには書き込まれない日本特有のイベントデー。

丸っと太い赤ペンで書いた印をカレンダーの動く人物達がなんだなんだと不思議そうに見ている。

先生からのお返しは期待してもいいのかなとウキウキしながら朝食の用意される広間へと向かったのだった。







「あー、お腹いっぱい」

呆れたというような友人の視線に苦笑を返しながらも顔が緩む。

成長期なんだし食べる事を楽しんでもいいじゃないと思っているためにこの癖はどうしても直らない。

そろそろ授業へとコップに残った紅茶を飲んでいたら恒例の梟便が届いた。

「あれ、何?」

「すごーい」

なんだか以前聞いたような台詞だな。

そんな事を思いながら大きなざわめきにつられて視線を上げれば荷物を抱えた梟がいた。

どうやらまた花束らしい。

目の前にどさりと置かれてしまえばなんというか既視感に囚われる。

「先月も貰ってたじゃない。また同じ人から?」

友人の声にうーんと首を傾げた。

なんとなく違う気がするんだけどな、とちらりと視線を向けるも大広間の教師席に常ならば座る男の姿は今朝はなく。

カードを開けば違和感の正体に笑みが浮かんだ。

「早く放課後にならないかなぁ」

嬉しそうな姿を見た友人達は色々と噂をしていたのだが本人は全く気付かず花束を授業が始まる前に部屋へと持ち帰ったのだった。















放課後は出された課題の数々をこなす為に本を探したり教授に質問をしに行ったり、クィディッチに励んだり様々だ。

そんな騒がしさも無関係だというように地下室へ向かう道に人影はない。

ポケットに入れられたカードの存在が足どりが軽くなる。

扉を叩けばいつもどおりの低い声が返ってきた。

「失礼しまーす」

ふわふわした気持ちを押し隠し中に入ればいつもの定位置に男の姿はあった。

「先生?」

近づいても反応なし。

視線は手元の書籍に釘付けである。

なんとも面倒な可愛らしい人である。

「カードと花束ありがとうございます」

ぴくりと指先が動いた。

「なんのことだ?」

知らない振りをする男に苦笑した。

ポケットのカードを取り出しテーブルに置く。

銀糸のレース風に縁を編まれたカードは何処か愛らしく上品でありながら趣味のよさを表している。

『Sから愛を込めて』

たった一言。

けれど誰から送られたか一目でわかるのは筆跡なんて現実的なもの以上に愛のせいだと信じてる。

「もしかして先月には用意してくれていたんですか?」

くすくすと嬉しすぎて笑みを零せばそうだとようやく返答を貰えた。

今回受け取ったのは可愛らしい花束だった。

生花でなくドライフラワーの。

どうやら英国式バレンタインとして用意していたものの先に差出人不明のものを受け取ってしまったために出し損ねたらしい。

「とってもとっても嬉しいです」

大事にしますね、先生から貰った花束とカード。

そう言えば当たり前だという男の口元は緩やかに微笑んでいた。

「あ、先生はもっと大事にしますから」

そう言われた後の男の顔は恋人である少女しか知らない表情だった。













そして同時刻、マルフォイ家当主宛に腐った花束だったようなものが差出人不明で届いたそうだが真相は明らかになっていない。