卵の中から外を想像してみた

中は身体が浸された液でゆらゆら揺れてた

やはり外も同じだろうか

この自分が入っている数倍の大きさの卵が存在するのだろうか

開けても自分しか写さない瞳を閉じてそっと笑った














世界は真っ白だった。

手に触れるモノはただの蛋白質が変質した卵の殻。

ちゃぷんと揺れる液体に肌はふやけていた。

髪はいつの間にか抱えてる膝につくようになり時の流れを私に教えてた。

外からは時たま声がした。

"私"を呼んでいると思われる声とただの音。

水が奏でる音は聞こえなくてただ耳元で聞こえる卵の中の水の音とシンクロしているのだろうかと疑問に思った。

雑音のように聞こえる途切れ途切れの声。

声、と呼ぶのも躊躇われる音の集まり。

たまに返事をしてみたけれどそんな時に限って音はぴたりと止んでしまう。

その後はただ卵の中で揺れる水と私の身体が奏でる音だけ。

ちゃぷちゃぷちゃぷ

周期的に叩く音も聞こえた。

ドンドンと卵を壊すかのような音。

私はただ丸まってそれが過ぎ去るのを待った。

一時間、二時間・・・・それより多くの時間。

一日かもしれないし一ヶ月かも知れない。

たったの一秒かも知れない時を計れない私は諦めたかのように途切れる音とともに訪れる溜息の音が好きだった。

卵の中は快適だった。

いや何一つ不満が起きなかったから快適と言えるのかもしれない。

卵の中は身体を伸ばせはしなかったが私を縛り付けたり考えを止めさせる事なく自由に水の中を泳がせた。

私は卵の中ゆらゆらと揺れながら自分の身体と水の相性や時たま聞こえてくる音と卵の関係。

そして卵の外。

多くのことを想像していた。

ある日、いつもなら雑音にしか聞こえない音の中コンコンと殻を控えめに叩く音がした。

耳を澄ましていた私だから気がついた音。

ざわざわと喧騒は調度いいことに消えうせていたお蔭もあることだろう。

「出て来い」

一言だけだった。

一言が耳に入った時にこの人はきっと私を待っているのだと感じた。

そしていくらか時間が経った後溜息をつきもせずカツカツと音を立てて遠ざかっていった。

「・・・・・誰だろう」

久方ぶりに呟いた声は自分のものだった。

先程聞いた声が聞きたくて耳を澄ます時が続いた。

時間がわからない自分でもかなりの時が経ったとわかったある日のこともう一度卵は叩かれた。

コンコン

前回同様しんと静まり返った卵の中よく聞こえた。

「出て来い」

前回同様待っている様子だったが殻の中相手が背中を向けたのが私にはわかった。

「待って!」

今までで一番大きな声で呼び止めた。

どうしても留まって欲しかった。

もっと喋りたいと思って待っていたのだ。

そう叫んだ瞬間左足の5cm横に横に小さい傷が入った。

「・・・・・・今答えたか?」

ゆっくりと卵の前に帰ってきた気配に今度も同じくらい大きな声で答えた。

「私の声が聞こえる?」

不安を抑えて尋ねた。

傷は最初は小指ほどだったがその言葉と同時に手のひら位まで大きくなった。

「ああ、聞こえる」

ゆっくりと何か信じられないというような声に卵の中で考えていた問いをゆっくりと形にする。

「貴方は誰?」

その言葉に些か戸惑った声が返る。

殻にひび割れた隙間のお蔭で鮮明に聞こえた。

「我輩よりお前の名前を覚えているか?」

名前?

私は私ではなかったのだろうか。

「・・・・・・わからない」

ゆっくり記憶を遡っても見つけられない答え。

「そうか・・・・ユウコ・・・ユウコ・クーガーというんだ」

そっと手のひらで卵が撫でられた。

ユウコ・・・・・・・・・・

「私はユウコ・・・・」

パリン

亀裂は大きくなった。

中にあった水は最初はぽたぽたと今は勢いよく外へ流れ出ている。

ユウコ、出てきなさい」

その言葉にゆっくりと亀裂へ手を伸ばした。

右手が触れた瞬間ガラガラと音を立てて壊れた卵。

「・・・・・・スネイプ先生」

眩しいような光の中目の前に立っているのはユウコのよく知った人物だった。

「やっと目が覚めたか」

安堵するような言葉に自分の状態に気がついた。

「・・・・溺れたんでしたね」

ゆらゆら波間に揺れながら見た光を思い出す。

ふらりと倒れそうになった身体をスネイプはしっかりと捕まえた。

「目覚めないと聞いてどれだけ心配したかわかるかね」

その顔は怒っている様でもあり泣いてる様でもあった。

「卵の中にいたんです」

ずっとと言えばそうかといわれた。

「卵の中で外のことを想像してました」

「どうだね世界は」

呆れもせず話に付き合ってくれる先生にユウコはにこりと微笑んだ。

「とても綺麗です。私、出てきてよかった」

その言葉が終わるか終わらない間にスネイプの腕に抱きしめられた。

「もし出てこなかったら我輩が叩き壊すところだな」

どんなにその殻が固くても叩き壊してお前を引っ張り出しただろうと言われてスネイプ流の告白にくすりと笑う。

「先生を忘れていたから卵の中で生きられたんです」

次からは忘れませんというユウコに次はないと言い放ち目覚めた事を知らせるためにナースコールを押したのである。

翌日にはホグワーツの地下室へ掻っ攫われるように連れて行かれたユウコの姿があったとか。

「先生の部屋の方が卵の中よりずっと素敵」

今日もユウコはスネイプの隣でそっと笑っているのである。