ぽっかりと開いた黒い闇。

吸い込まれそうになって私は思わず息を呑んだ。












半歩先に穴があった。

人一人がストンと落ちるような円状の穴。

何故道の真ん中にそれが存在しているのかはわからない。

けれど世界は不条理で構成されている。

彼は彼女が好きで彼女は別の誰かが好き。

そんな一方通行を繰り返していたら捩れてしまってもおかしくは無いように思えた。

世界も人も捩れてる。

半歩先の穴の中を覗き込む。

闇だ。

一筋の光もない。

近くにあった石を手に取る。

私という存在がなければきっと石は石のままこの地上にあったのだろうけど。

不条理だから仕方ない。

私は石の意思なんて無視して穴の中に落とした。

「・・・・・・・・・・・・・・」

無音。

穴は相当深いらしい。

石はどこまで落ちたのかわからなかったがかなり深くまで落下していったようである。

もしかしたら不条理な世界だもの、地球の裏側に出て行ったかもしれない。

向こう側に続いている穴から飛び出した石が向こう側に居る人物に当たったとしたら面白いかもしれないなど病んだ思考に囚われる。

自分も落ちてみようか。

杖を持っていない自分が落ちたとすれば無傷ではいられないだろう。

いくら世界を不条理に感じたとて終わりはあるだろうことなどわかっていた。

だからきっと私は石の隣で怪我が酷くて穴から這い上がれもせずに死ぬだろう。

いや、打ち所が悪くて即死かもしれない。

ぞれがいい。

片足を持ち上げる。

不条理にも私の身体は死にたくないと言ってもいるかのように酷く緩慢な動きをした。

けれど結局意思には逆らえずに穴に右足から吸い込まれそうになった。

















「何をしている」
















ぐいっと後ろに引かれてどんっと何かにぶつかった。

何かなんてわかっていた。

不条理な世界だというのに彼は一人しかいないのだから。

「別に穴に落ちてみようと思ったのですよ」

そうか、とも馬鹿か貴様は、とも言われずただ向けられた背中。

「死ぬなら我輩の目の届かない場所でしたまえ」

理不尽な言葉にこんな所で目に留まるとは思わないではないかという至極最もな意見は口には出来ない。

だって世界は不条理だから。

「いえ別に死ぬ気は微塵もありませんよ」

嘘だってこんなに簡単に吐ける。

穴に感じていた興味はとうに消え残ったのは彼に助けられた事実。

「世界が不条理でも別に構わないですよね」

鬱々とした気分はようやく振り向いた彼の眉間の皺を見た瞬間霧消した。