続・お見合い大戦線〜恋に落ちたら命懸け〜その1
「…まったく、しょうも無い人達ですね」
机案の上にいくつも重ねられた巻書を眺めながら、忌々しげに悠舜がため息を吐いた。
巻書の中身はどれも同じ、彼の愛娘であるをお嫁さんに下さいませんかと言う
いわゆる、求婚と言うかお見合い伺いと言うかの話である。
事の始まりは先の朝議にて王が悠舜を空席の尚書省尚書令に叙す、と言った事。
それは例え、王との2人の話であれ遅かれ早かれ朝廷全体に伝わる。
今、悠舜の側には茶州にある邸や州府を問わず沢山の巻書で溢れ返っていた。
ちなみに現在はが世話になっている、貴陽の藍家別邸にある離れの部屋である。
秀麗が実家、紅邵可邸に帰る間に悠舜も使えばいいと藍家当主達からの申し出により。
先頃、結婚したばかりの悠舜と共に来た柴凛は全商連のつてを辿り知人の家に
やっかいになると言っていたので、今は不在である。
『旦那様、嬢ちゃんと会うのも久しぶりだろう?私は私で何とかやってるから。
貴陽に居るのもほんの少しなんだ。思う存分、嬢ちゃんの顔を見てくればいいと思うよ』
悠舜の常々の、娘に対する異常なまでの溺愛ぶりを知っている凛姫はそう言って
颯爽と笑いながら、半ば追い立てる様にして悠舜を送り出した。
官吏である前に悠舜はにとっても、大好きな養父なのだから。
凛姫のその気遣いにじーんとしながらも、一方では官吏達の反応を思い出す。
『私は鄭官吏ならば、いずれ必ず中央に戻っていらっしゃると信じておりました』
『鄭官吏以外の誰が、尚書令を任せられましょう』
『聞けば、戸部侍郎補佐の殿はあなたの娘御であられるとか。
あの若さで、しかも初の女人受験だと言うのにいきなりの上位及第。
いやはや、何とも優秀な姫君で羨ましい限りでございますね』
『加えて、あの美しき容姿。匂い立つ様とは殿の為にあるお言葉でしょう』
『しかし、殿があの様に麗しき姫君ならばいいよる男も数多おりましょうな。
そうなれば父君である鄭官吏も、お心が休まりますまい』
『それに殿の在籍なさっている戸部の上司、黄尚書は人使いの荒さでも有名。
いくら殿の後見人とは申せ、あの仕事の量は尋常ではございません。
お可哀相にいつも忙しそうに城内を駆け回っておられますよ』
『鄭官吏がお望みながら、この私が何時だってお助け申し上げます故』
(何ですか!!これまで散々、私の可愛い娘を蔑んでいたくせに)
口にこそ出さなかったけれど、悠舜は彼らのあからさまなおべんちゃらに内心、叫び出しそうだった。
(優秀?全くを誰の娘だと思っているんです)
(美しい?今頃になっての可愛らしさに気付くなんて、その目は飾りですか。
そんな見るべき物(私のの可愛らしさ)も見えてない目なら捨ててしまいなさい)
(仕事量が多い?上等じゃないですか、鳳珠が仕事を割り振るは優秀な証です。
聡いあの娘はちゃんとそれは解っています、余計なお世話ですよ)
ここが朝廷でなかったら、悠舜が官吏じゃなかったら流血沙汰になっていただろう。
おそらく「ふざけんじゃないですよ!!」とか言って間違いなく殴っている。
今、この瞬間にに近付こうとする奴なんて目的は一つしかない。
出世した悠舜に娘のを使って近付こうとすると言う、不埒な目的以外は。
しかも、彼にとってそれはゴミ以下の物ですらなかった。
自分の出世の為に大事な娘に近付こうとする奴なんか、男としての価値も無い。
初めから視界の端にすら引っ掛ける価値すら無い、そんな存在なのだ。
の事になると、何処までも我を忘れる男−鄭悠舜。
ちなみに悠舜の求めるの婿としての条件は以下の通り。
その1…自分自身の意思でを選んでくれた事
その2…どんな事があってもを大切にしてくれる事
(ちなみに万が一でも泣かせたりなんかしたら、即で川に重石付けてドボン)
その3…の為に愛を貫く覚悟がある事
特に3番目の条件が一番大事で、を嫁に貰う男は同時に悠舜の敵でもある。
だからこそ、悠舜が自分の目で見極めてやる必要があり妥協は決して許されない。
は悠舜にとってそれ程までに大事な愛娘だ、その娘を嫁に取るのだから
あらゆる難題を言いつけられても、度胸と根性と忍耐力で乗り越えてもらわなくては。
軟弱な男になど、を任せられよう筈があろうか…いや、ある筈等は無い。
じゃなきゃ伊達に茶州で10年もの間、官吏を務めている訳では無い
悠舜をはっきり言って馬鹿にしないで貰いたいものである。
ちなみに現在、の側にいる野郎共は悠舜がとりあえず吟味をして
「まぁ、こいつならの側に置いてやってもいいか」位の気持ちで選んだ精鋭・お友達だ。
家柄や状況などを鑑みれば、彼らは間違いなくの為になる。
その筆頭が藍龍蓮なのだが。
彼は悠舜が初めて直接に繋ぎを取った時、酷く感動していた。
まぁ真相としてはたまたま、朝賀の為に王都・貴陽を訪れた時に
ふらふらと城の回廊を歩いていたら偶然、思いもかけずに出会っただけなのではあるが。
勿論、戸部にてせっせとお正月を返上して働いているであろう可愛い娘に会う為に。
『なんと、の父君か!!あなたの事は知っていたが、お初にお目にかかる。
心の伴侶と定めたの父君だからな、我が未来の父君だ。
だが、私とした事が何たる失態を犯してしまったのだろう。
我が心の伴侶の父君にご挨拶を越されてしまうとは…クッ』
端正な顔を歪めながら、至極残念そうに告げるそう告げる龍蓮だったが
彼にとって世界は自分の興味のあるものしか、映さない様に出来ているので
(がかなり特別な位置を占めているらしい)悠舜の笑顔での皮肉も通じなかった。
『龍蓮くん、私には君に父と呼ばれる気はまだこれっぽっちも無いのですけれど』
『今度、と一緒にご挨拶に伺うつもりなので、その時は宜しくお願いしよう。
大丈夫、父君は何も心配する必要は無い。は必ず私が幸せにする!!
かの彩八仙も我らが共に居る事をきっと祝福してくれるに違いないだろうし』
それどころか、まったく話すらも聞いちゃ居ないのだからここまでくればいっそ天晴れである。
(ははぁ、は龍蓮くんのこの勢いに押された訳ですね。
私の娘は優しいから、そこまで彼の事は無碍には出来ないでしょうね)
悠舜は一人、可哀相な娘を思い浮かべてそっと心に涙を浮かべた。
『の父君、悠舜殿。そんなに私との仲を祝福してくれるのか』
今の所、龍蓮には何を言ってもとりあえずは無駄だ。
早いとこ、彼に以上に心に想う女性が現れる事を祈るばかりだ。
…おそらくそれは、天地がひっくり返ってもありえないだろう事は解っていても。
(…なんだか、疲れましたね。に会いに行くとしましょうか)
龍蓮との事を思い出しながらいつの間にか宮城に来ていた悠舜は
まるでふらふらと、何かに惹かれるかの様にのいる戸部に向かって歩き出したのだった。
本人はまるで無自覚なのだが、いつの間にか藍家から登城してしまっている辺りが凄いけれど。