嗚呼、…私の可愛い可愛い可愛い可愛い愛娘。
小さい時も可愛かったけど、最近はとても美しくなってしまって、
ますます目に入れても決して痛くは無い手中の珠になってしまいました。
だけど今は思いがけず、君を外に出してしまいました事を私は少し後悔しています。
続・お見合い大戦線〜恋に落ちたら命懸け〜その2
「…クスクス、鳳珠さまったら」
「…が、…だろう?…も…筈だ」
「…はお友達ですよ、ええ、一緒にお茶を飲む位の」
「そうか?だが私にはそうは見えないがな。柚梨もだろう?」
「ええ、私の見立てによるとそうは見えませんね」
「イヤだ、景侍郎もそんな風にご覧になられていたのですか?」
「おや、くんはあの毎日の様に花を持って来る心をなんと?」
「え…まさか、そんなつもりは…あ、でもその気も無いのに受けるのは??
えーっとあり、じゃないですよね。きっと…うーん」
「多分、そろそろ来る頃だろうと思うのだが」
「鳳珠さま、もしかしなくても遊んでますね?」
「フフ(超絶美貌での蕩ける様な微笑み)」
ふらふらと歩いて来た悠舜が、目的地である戸部に辿り付いた時に聞こえてきたのは
楽しそうに笑う娘と、それに応じる同僚の黄鳳珠と景侍郎の声だった。
重い扉に隔たれて居る為に、聞こえてくるのは断片的ではあったが
それはどう贔屓目に聞いてみても、とても楽しそうで仲が良さ気で面白くない。
何よりが楽しそうなのが、(そしてそれを作っているのが鳳珠なのが)とても悔しい。
政にだけは容赦こそ無いが、それ以外では鳳珠は大人で余裕のある頼りがいのある男だ。
同期に「お義父さん」などと呼ばれるのは想像も難過ぎるのだが。
悠舜は娘のあまりに楽しそうに笑うその姿に、思わずありえない未来を想像してしまった。
『悠舜さま。長い間、影に日向に慈しんで下さってありがとうございました。
私、鳳珠さまを愛しておりますので…この方の元に嫁ぎます。
それに悠舜さまには凛さんもいるし…きっと私なんかはお邪魔になるから』
『そう言う事だ。は気立てもいいし、何よりこの私が過去をばらした上でした求婚に
”お言葉ですが、私は顔なんかで奥さんになるかどうかは決めません。
鳳珠さまのお側に居たいから、お受けします”と応えてくれたのだ。いい娘だな。
まぁ、草葉の陰に居るお前が泣かない様にはしてやるから、安心して見守ってろ』
言いながら、の腰に手を回し抱き上げる鳳珠。
『では”お義父さん”に早く孫の顔を見せれる様にしてやらねばな』
『悠舜さま、そう言う事ですので…孫が生まれたら可愛がって下さいね』
と鳳珠の間に生まれた子なら、きっと吃驚する位に超絶美形で
きっと可愛い声で「おじいちゃま」って呼んでくれるんでしょうね。
それはそれで凄く魅力的でイイけどって…そうじゃなくて!!
、ダメです!!鳳珠は仕事の鬼!!一旦、仕事に火がついたらそれは大変。
きっと君の事も、家庭の事も顧みない…いや、でも大事にしてくれる?のでしょうか?
いくら君が鳳珠の素顔を見て平気でも、でもダメです。失神者の多い結婚式なんて!!
あまりの混乱に、可笑しな想像をしている事など悠舜はもう気付いていない。
「あのー、もしかして、あなたも戸部にご用のある方ですか?」
そして、娘の事に手前勝手のショックを受けていた悠舜に対して
伺うようにそっと遠慮がちにかける声が、ひとつあると言う事にも。
「認めませんよッ!!」
「ウワッ、何だか解らないけどす、すみません」
突然、叫び声を挙げた悠舜にその声が何故か謝っている。
その声に、重い戸部の扉がギィと音を立てて開かれた。
「何ですか、今の叫び声は?おや、鄭官吏。それから皐武官じゃないですか。
ようこそ、戸部へ…と、今日は何のご用件ですか?」
扉を開けてくれた景侍郎が用件を尋ねるが、悠舜はトリップしたままである。
「え、あの自分はさんに…ところでこの方は?」
うわ言の様に「認めませんよ…」と呟いている悠舜を見ながら心配そうな皐武官。
と、そこへ先程までは仮面を付けずに談笑していたのだが
いつの間にか仮面を装着した黄奇人が、皐武官の前に立って言った。
「ああ、そいつの事なら気にするな。その状態になれば暫くは戻って来ない。
それよりもに用があって来たのだろう?なら中にいるぞ」
奇人は皐武官を追い立てる様に中へと、促す。
常ならば、景侍郎がを呼んでくれて多少の会話をしてというパターンなのだが
今日はどういう訳か、この部屋の主である黄尚書が中へ入れと促してくれている。
皐武官は黄尚書に目礼をすると、のいる中へと入って行ったのだった。
そして、皐武官が完全に中に入ったのを見届けてから奇人は重い扉を再び閉めて
同僚の前に、立ちふさがり少し低めの声で呼びかけた。
「おい、悠舜。いつまで固まっているつもりだ?」
そのたった一言で、先程までトリップしていた意識はどこへやら。
(トリップしていた相手なので無理も無いだろうが)悠舜の目がクワッと見開かれ
次の瞬間には足が悪いのも気に留めず、鳳珠へと掴みかかった。
「鳳珠ッ!!あ、あ、あなたという人は私の可愛い愛娘を手篭めにしてッ!!」
「手篭…めッ?!」
悠舜のいきなりの言葉に鳳珠は言葉が詰まった。
手篭め所か、手にすらも触れては居ない。
まぁ、一度だけ抱きしめちゃったりなんかした事はあるけれども。
あんまり思い起こしていると、今よりももっと酷い悠舜を見る事になりそうなので
寸前の所で鳳珠は考える事、声に出す事を止めた。−そしてそれは正しい。
「許しませんよ、ええ、許しませんとも!!例え世界が終わったって許しません!!」
「私がお前に対して何をどうして許しを請わねばならぬのだ…。
全くの事になるとお前も黎深の馬鹿さ加減と負けない位に張れる大馬鹿者だな。」
正確に言えば、かの吏部尚書の場合は兄馬鹿および姪馬鹿なので少し意味合いは異なるが
でも、ここまでくれば何が違うかなんてものはどうでもいい問題である。
「何ですか、その言い方はッ!!私の可愛いを何だと思っているんですか!!
嗚呼、ッ!!こんな顔だけしかいい所の無い様な男に騙されちゃダメですよ」
超絶美貌の鳳珠を目の前にして”顔だけしかいい所が無い”と言い切ってしまう強者ぶりも。
「…ところで、そのの事なのだが」
「はい?!って何ですって、何かあったのですか鳳珠!!」
の事になればマッハの勢いで直ぐに順応する悠舜に呆れながらも鳳珠は話を続ける。
「いや、もうお前も知っているだろうとは思うがな、聡く美しいあの娘は今、朝廷で評価が高い。
勿論、お前が出世するという事もそれに拍車はかけているが。それを抜きにしてもだ。
まぁ、お前の事だから家が送って来た縁談話は始めから歯牙にもかけては居ないだろうが。
で、お前が選んだ精鋭のお友達(正確に言えば候補)ならいいのか?
先だってお前が藍家の者と接触したらしい話は、耳には入っているが」
鳳珠の言った言に嘘は無かった。
現に悠舜の元にも色々な伺い手紙は届くが、戸部にも府庫にもそれは山と届く。
中には直接、と繋ぎを取ろうとするあからさまな思惑を持つ野郎もいたりして。
悠舜が出世すると決まる前から、と交流のあった同期の者や皐武官は別として
今では各部署に貢物箱が設置される位に、毎日毎回の様に贈り物は絶えない。
鳳珠は無言でその貢物箱を指差した。
悠舜もその貢物箱を見て、唖然とする。
「まさか、これは全部?」
「ああ、正直言って迷惑千万の行為なのだがな」
「鳳珠、これは燃やしちゃって下さいね。ええ、跡形も残らない位に綺麗に金輪際。
何なら、私が直々に燃やしちゃったとしても全然、構いませんよ。そりゃ綺麗でしょうからね」
そう言ってうっとりと炎を思い浮かべる悠舜の姿は、とても未来の宰相候補とは思えなかった。
「…では、さん。自分はこれで失礼致します」
「ええ、皐武官。ありがとうございました」
「いえ、自分に出来る事と言えばこの位ですから。それよりもお困りの事があればいつでも」
その頃、彼の愛娘はと言うと皐武官と共に戸部の裏手から宝物庫を通り、府庫へと足を運んでいた。
あの時、中に入った皐武官と共に入れ違う様に事前には仕事を頼まれていたのだ。
その仕事とは宝物庫の鍵の確認とリストとの照らし合わせ。
いつもなら、景侍郎と一緒に確認に行くのだが今は彼女の養父もいる。
下手に会わせたら、大惨事になるであろうと踏んだ鳳珠が命じたのだ。
そろそろ来るであろう、いつもの様にに花を持って来る皐武官を護衛に行って来る様にと。
藍楸瑛の直属であり、弓の名手と名高い彼ならば護衛にしても余りある。
ついでにちょっとしたデートにもなったりするので、本人達には自覚は無くとも
皐武官に対して恩を売れると言う利点だってある事も勿論、鳳珠は計算済みで。
思った通り、皐武官は鳳珠に対してとても感謝していた。
(それにしても今日はラッキーだったなぁ。さんと2人きりで過ごせた上に護衛も任されて。
府庫の前の小さな庭院で一緒にお茶まで飲めるなんて…お茶、美味しかったなぁ。
これも黄尚書のお陰ですね。黄尚書、もしもの時は藍将軍の次に自分はあなたをお守りします)
長い回廊を2人で歩きながら、皐武官は幸せを噛み締めていた。
さりげなく、藍将軍の次に鳳珠を守ると心に誓いながら。
彼がに惚れてしまったエピソード以来かも知れない、こんなに幸せで満ち足りた気持ちは。
そして、鍛錬場へと続く分かれ道で皐武官と分かれたが戸部へと戻って来た時。
そこに居たのは彼女が敬愛して止まない、大好きな養父の姿だった。