爺と娘とお見合いと
「…は?」
今、何と言われましたか?と聞き返しながら悠舜が微笑む。
だけど、その穏やかそうな微笑とは打って変わって目元は笑ってはいない。
その目はむしろ、視線だけで人を一人位は射殺せそうな位に鋭いもので。
(…わ、わ、私が何をしたと言うんですかー!!)
悠舜を目の前にしたとある筋からの使者は、一人心の中で半泣きになっていた。
事の始まりは今から数刻ほど前に遡る。
その日、悠舜は久しぶりに来た王都・貴陽の戸部尚書室の奥にて
娘に対して送られて来ていた沢山のお見合い要請の手紙を片っ端から破り捨てていた。
(…”何卒、貴殿の大事な娘御と我が愚息との婚姻をご了承頂きたく”ですって?!
まったく、どの面下げてそんな事がこの私に言えますか!!
この官吏の名前は100年経っても忘れませんよ、遠い昔の”ご恩”がありますしね)
(”幸先のとても優秀な鄭官吏の姫ですから、分不相応だとは判っているのですが”
当たり前です。この私が手塩にかけて育てた、国一番の娘ですよ。
そんじょそこらの馬の骨に何か、くれてやるつもりはありませんよ!!)
(”殿の事を想うと胸が苦しく、ご飯すらも喉を通りません。
この切なき男心を我が将来の舅殿にもお知らせしたく…”
切ない男心?そんなのうっとおしい以外の何者でもありませんよ。
いっその事、世の為人の為、何より私のの為にそのまま寝ていなさい。
私もあなたに舅などと呼ばれたくはありませんしね。
でも、もしも万が一でもに付きまとってご覧なさい。
その時は私が直々に手を下させて頂きますからねッ!!)
まったく、いつもの事ながら腹立たしい。
切ない男心もなんのその、悠舜にかかればそんなものは表すだけ無駄な事である。
むしろ彼にとって、娘に関わる全てのものがうっとおしい以外の何者でも無い。
色とりどりの料紙が見る見る内にに細かく、小さな紙切れになってゴミ箱へと入っていく。
ちなみに破り捨てた手紙はもう一度、鍋でコトコトと煮込み再利用するつもりである。
愛娘に対する数々の不届き千万な手紙は悠舜にとって邪魔なだけなのは変わらない。
だけどそれでもただ紙を捨てるだけの行為は、何だかもったいない様な気がして
悠舜は結局はいつもすき直し、再利用をしてしまうのだった。
この辺が変にマメなのは、悠舜らしいと言えばらしいのだが。
と、そんな彼の元へ今は半泣きになっている使者がやって来たのはそんな時だった。
仕事に忠実な彼はその日もいつもの如く、伝言の伝え先である悠舜に
失礼します、と断ってから主に頼まれた伝言を伝えた…筈だった。
だが、その事が悠舜の思わぬ所に火を点ける羽目になるなんて誰が思っただろう。
よしんば、その時の彼にその言葉の重要性に気付く事が出来れば違っていたかも知れないけれど。
残念ながらそんな事を知る筈も無く、彼はそのままある人物から頼まれた伝言を伝えたのだった。
悠舜もその時はまさかこれから聞こうとしている言葉が、信じられないものだとは思わなかっただろう。
「失礼致します。鄭官吏に霄太師からお言葉を賜っております」
「霄太師から?一体なんでしょうね、ご苦労様です。お聞きしますよ」
「はい、それでは申し上げさせて頂きますので宜しくお願いします。
鄭官吏の娘である殿と吏部侍郎である李絳攸様の縁談は如何かと」
そして、案の定と言うべきか。
使者からその言葉を聞いた悠舜は見る見る内にその表情を修羅の如く変えたのだった。
と李絳攸との縁談。
悠舜が凍り付いたのは、第一にその部分であった。
普通の親であれば、出世頭の李絳攸との縁談は一にも二も無く泣いて喜ぶ筈だ。
朝廷髄一の頭脳、鉄壁の理性、史上最年少の宰相候補。
何もかもがにとって不利な要因にはならないし、むしろこの上無い位の相手だと言えた。
だが、悠舜にとって何よりも障害になるのは彼の”周り”だったのだ。
比の打ち所の無い絳攸の養い親は、かの紅黎深。
悠舜が目に入れても痛くない位に溺愛している、娘のの唯一の欠点は
そう、何を隠そうこの紅黎深に似ていると言う所である。
これまで、似ている事を(気付いても)ひた隠しにして来た悠舜だけに
今更、を黎深に会わせて妙な影響なんか受けさせたくも無い。
それに、気難しい黎深もの事は気にかけているらしいし。
(多分、最愛の姪と兄に深く関わっているからだと思われる)
噂によると(←黄奇人から聞いた)黎深は毎日、戸部にやって来たり
のいる場所に出没したりしているらしい…まったく、なんて邪魔さ加減だ。
「駄目ですっ!!他の誰に許可をしたとて黎深なんか!!」
ちなみに断っておくが、別に黎深の元に嫁に行く訳でも何でも無い。
元々は彼らの養い子同士の縁談の筈だったのだが。
「…悪霊退散、黎深退散!!南無黎深退散!!」
放っておくと、五寸釘でも持ち出しそうな雰囲気にただひたすら使者は震え上がっていた。
(誰かー!!助けて下さいぃいい!!黄尚書、景侍郎、さああああん!!)
隣の部屋に居る筈の戸部尚書も心優しき侍郎も、彼の悲痛な叫びには答えてくれない。
むしろ、関わりたくは無かったので気付かないふりで必死になって仕事をしていた。
その頃、彼の愛娘のはと言うと。
「ありがとうございます」
「いえいえ、お嬢様からさんの事はくれぐれも宜しくと仰せつかってますから」
静蘭と2人、ゆるりと城下の町を歩いていた。
特に何をする訳でもなく、ふらりふらりと歩いているだけだけれど。
でも、静蘭にとってもその時間は不快には感じなかった。
「ふふっ」
そんな静蘭を見ながらが、くすくすと笑う。
「どうしました?」
「いえ、静蘭さんもそんな風に笑うんだなって思ったんです」
いつも空気を張り詰めた様に、自分にも他人にも厳しい静蘭。
今朝、朝一番に秀麗から手紙が来て「、お願いがあるんだけど。
出来ればでいいの…今日一日、静蘭と町でもふらふらしてくれない?」と
言われた時には流石に訳も判らずほんの少し戸惑ったけれども。
だけど、ふとみる町の景色に穏やかな優しい微笑みを向けられる事に気付けただけでも
今日は静蘭と一緒に出かけて良かったなぁ、と思うなのだった。
「ねぇ、静蘭さん。そんな風に笑ってた方がきっといいですよ。
楽しい時はちゃんと”楽しいんだ”って笑って見せて下さいね。」
のその言葉を受けて、ほんの少しだけ静蘭の頬が染まったのに気付く者はいなかった。
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いつも溢れんばかりの愛を下さいます、久我ユウコ様に捧げさせて頂きました
きっかけはある日、悠舜パパの所に絳攸との縁談とか来たらどうなるの?と言う
ユウコさんからの心ときめく素敵なラブメールでした
うちの悠舜、ヒロインちゃんに関わる全ての野郎が基本的には嫌いですけど
それにもし傲岸不遜、唯我独尊な黎深が関わったとしたら…多分、とんでもない事になります
普段は優しくおっとりしているうちの悠舜ですけど、黎深だけは特別枠です(色んな意味で)
でもなー、私個人としては堅物絳攸にロマンスがあってもいいと思うんですよね
李姫を娶って黎深にちくちく言われるか、ヒロインちゃんを娶って悠舜にちくちく言われるか
どっちにしたって胃腸には優しくは無いとは思いますけれど(苦笑)
ユウコさん、こんなブツではございますけれどもどうぞお納め下さい
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またしても莉音さんから頂きましたvv
悠舜パパ素敵vvと思いつつ。
いつも癒しのメ−ルを下さる莉音さんに大感謝です。
本当にありがとうございました。