夕暮れりんご
「悠舜さま、悠舜さま、早く早く!!」
夕暮れ時の琥連の町を楽しそうに嬉しそうに歩いているのは、だ。
官吏になって初めての里帰り。
『悠舜さまはお元気でしょうかねぇ』
手紙だけでは判らない、今の悠舜の元気な姿が見れないと判っていても呟いてしまった一言に
黄尚書も景侍郎も邵可も皆が口を揃えてにこう言ってくれた。
『くん、こちらに出て来てから一度も茶州には帰っていないのでしょう?』
『手紙のやり取りは悠舜の事だから、とてもマメにしているとは思うが
やはり、直接会うのと手紙とでは全然、違うだろうしな。
、ちょうど取り急ぎの仕事も無いし悠舜の所へ気分転換に帰って来てはどうだ?』
『悠舜殿の所に帰ってあげたら、きっと喜ぶと思うよ。
私だって秀麗が帰って来てくれるのを、今は無理でもやはり楽しみにしているからね』
そんな訳で急遽、茶州へと帰って来ただったのだが。
彼女は先日、柴凛に見立てて貰ったばかりの可愛らしい浴衣
白地にピンクの石楠花の花があしらわれたデザインのものを身に着けている。
帯は鮮やかな緑で、まるで大きな石楠花の花がそこに匂い立つ様だ。
事の始まりは今からほんのひと月程前の話になる。
いつもの様に茶州府に悠舜のための薬草茶などを持って来てくれた柴凛が
にあの、颯爽とした笑顔を向けてこう言ったのだ。
『、今日は私から君に贈り物があるんだけど受け取って貰えるかな?』
柴凛が取り出したのは、浴衣セットだった。
あれよあれよと言う間に柴凛によって浴衣の着付けが行われる。
そして略式ではあるが、帯を巻き、浴衣がきちんと着こなされている様子を
身頃、肩幅、腕の長さなどを念入りにどこか少しでも寸足らずな所は無いかと気を配りながら見ると
その並の男共よりもきりりとした切れ長の綺麗な目を眩しそうに細めながらを仰いだ。
『ああ、やっぱり。私が思った通り狂いは無かったね。
お嬢ちゃんには白地の浴衣が似合うと、この布地を見た時に思ったんだ。
白地の浴衣は着る人を選ぶんだよ、緑の帯も小粋だろう?
ほら、悠舜殿を見てご覧?お嬢ちゃんのあまりの可愛さに悠舜殿は言葉を失われているよ』
『凛さん、照れちゃうのでそんなに言わないで下さい』
『おや、私は真実しか口にはしないけどね。悠舜殿はどうだい?』
『私の可愛らしいが、ますます可愛くなったのを見るのはいい気分ですね。
凛姫、素敵な浴衣を見立ててくれてありがとうございます。
、せっかくだからその浴衣を着て今度の琥連での夏祭りに行きましょう』
夏祭り、の言葉にの顔色が明るく彩られる。
いつも仕事で忙しい悠舜が、遊びに連れて行ってくれるなんて機会はそうは無い。
本当はだって、大好きな悠舜と一緒にもっと居たいけれど。
でも忙しいと解っていて、困らせるほど我儘には振舞えなかった。
悠舜に嫌われる事、何よりも要らないと言われる事が怖かったから。
でも、そんな心配をよそに当の悠舜は。
『そこら辺の野郎共なんかに、の浴衣姿を見せるのは、勿体無いのですが。
綺麗に着飾った娘を伴って出かけるのも、嬉しいものですからね』
ニコニコと、に語りかけるのだった。
そして、時は移って夏祭り当日。
「あー、もう。嬢ちゃん、そんなに急ぐなよ。
走らなくても急に店は無くなったりはしないぜ?」
のあまりのはしゃぎように、燕青がほんの少し苦笑しながら彼女に声をかける。
だが、あっちこっちのお店を見る事にすっかり夢中になってしまっているには
燕青の言葉は残念な位に耳には届いてはいなかった。
「悠舜さま、あっちに珍しい果物を売っていますよ」
「あっ、あの髪飾り可愛い!でもあっちの腕輪も綺麗」
「うわー、りんご飴だー!!」
「君は昔からりんご飴が好きですからねぇ。、一番大きいりんご飴を買っていいですよ」
「わぁ、悠舜さま。いいんですか?」
「ふふふ、ええ。構いませんよ、君が喜んでくれるんなら」
「悠舜さま、ありがとうございます!!悠舜さま、大好きです」
言いながら、小さい頃にも一緒にこうして出かける度ににそうしていた様に
一番大きなりんご飴が買える小銭をへとさりげなく、手渡そうとする悠舜。
彼にとってはは何時まで経っても小さくて、可愛いらしい娘なのだろう。
年月は人を少しずつではあるが、成長させると判ってはいても。
は悠舜から差し出されたそれを受け取る事は無かった。
「あ、でもちゃんとお小遣いを貰っていますから大丈夫です」
恥ずかしそうに頬を染めると、下駄の音も高らかにカランコロンと走り出す。
「燕青、名才。あなた達は一体、何をしているんですか。
ぼーっと突っ立ってないでちゃんとに付いて行ってらっしゃい。
もしも私の可愛いが悪い虫に絡まれたらどうしてくれるんです?」
そして、悠舜はその背中を見つめながら先程まで娘に向けていた笑顔とは
全く似ても似つかない様な般若のような黒いオーラ満載の微笑を向けた。
その泣く子も黙ると密かに茶州府では呼ばれている、悠舜の黒い笑顔を見ながら
燕青と名才は思わず、ほぼ条件反射的にお互いに顔を見合わせた。
「…悠舜」
「鄭補佐はちゃんが絡むと相変わらずですね」
「言うな、名才」
「何か言いましたか?つべこべ言ってる暇があったらちゃっちゃと行きなさい。
ほら、もうの姿が見えないじゃないですか!!」
「へいへい、判りましたよ…名才、行こうぜ。「おーい、嬢ちゃーん!待ってくれー!!」
路地の裏をほんの少しだけ、ひょいっと入った所に出るお店のりんご飴。
悠舜はもう覚えてないかも知れないけれど、小さな頃に初めて一緒に夏祭りに言った時に
実は人攫いに攫われそうになって震え上がっているに
泣いているのを慰めようとある人が買ってくれたのがここのりんご飴だったのだ。
ほんの少し、悠舜から目を離してしまった隙に知らないお兄さんに囲まれた。
『君がちゃんかい?』
『お兄さんは誰?悠舜さまのお知り合いなの?』
『へぇ、これが鄭悠舜の唯一の弱点だって話だな』
『なるほど、まだガキだけどよく見りゃ色も白いし、髪も黒々しているし美人になりそうな感じだな。
でも、何だってこんな年端もいかないガキを仲障様は連れて来いなんて言ったのかな』
『そんな事、俺が知るかよ!!』
『とにかく連れて行けばいいんだよ』
『それもそうだな。お嬢ちゃん、ちょっとお兄さん達と一緒に来てくれるかな?
大丈夫、ちゃんと大人しくしていてくれたら乱暴な事はしないから』
『駄目、悠舜さまとちゃんとはぐれたらその場所から動かないって約束してるから』
『お兄さんたちが連れて行ってあげるよ?』
『ううん、燕青さんも名才もちゃんと一緒にいるからいい』
言葉巧みにを何とか琥連の町から、離そうとするけど流石は悠舜の教育が行き届いている。
はどんなにお兄さん達が、あの手この手で誘い出そうとしても、決して乗らなかった。
心の中では、本当に怖かったのだけれど。
暫くはそうしたやり取りを続けていたのだけれど。
その内、業を煮やしたお兄さんの1人が力ずくでの身体をひょこっと持ち上げた。
『イヤッ、離して!!悠舜さまっ!!燕青さん、名才!!』
『最初から、こうやって攫っちまえば良かったのにな』
『さぁ、仲障様の所に急いで帰ろう』
そうしてお兄さん達が、その場を立ち去ろうとしたその時。
『おい、お前!!頭を抱えて蹲ってろ!!』
その声が響いたが早いか、それが飛んできたのが早いか。
思わず頭を抱えて蹲ると、少し大きめの石が飛んで来て、お兄さんの眉間に当たった。
『…クッ、誰…『おい、走れ!!』』
その声の主はに走れと告げると、そのまま手を引っ張って今のお店の前まで連れて来てくれた。
『ここまで来れば、もう大丈夫だろう。お前、危なかったな』
そこで改めて、助けてくれた人物を見る。
そこに立っていたのは自分よりもいくつか年が上だが、そう年は変わらない少年だった。
『助けて、くれ、て、あ、り…がとう』
『いや、たまたま通ったんだ。そしたらあいつらがお前を囲んでいるのが見えて。l
何してるんだろうって思ったけど、明らかにおかしかったからな』
泣かないと思っていたのに、少年の優しい言葉を受けての視界が滲んでいく。
今頃になって怖かったと言う思いが湧き出てきたのかも知れないけど。
その位、良かったなと呟いてくれる少年の声音は心に染みた。
『っ、てお前!!泣いてるのか?!
ああ、っと、泣くなよ…クソ、どうしたらいいんだ』
少年は辺りを見回して、何とかを宥めようと策を巡らす。
と、そこで目に入ったのが自分の目の前にあるりんご飴のお店だったのだ。
『ちょっと待ってろ!!』
少年はそう言って、目の前のお店に入って行き『親爺、りんご飴をくれ』
買ってきたりんご飴をぶっきらぼうにへと差し出した。
『ほら、これお前にやる』
『貰っていいの?…ありがとう』
『食っていいぞ?』
『うん、後でちゃんと食べるね』
『泣き止んだか?』
にっこりと笑ったに少年も微笑んだ。
『ねぇ、名前は何て言うの?』
『名前?俺の名前か?』
『うん、私の名前は鄭って言うの』
『俺は絳攸、李絳攸だ』
『絳攸?』
『ああ、そうだ』
『ありがとう、絳攸』
『ー!!ー!!ああ、何処ですかー!!』
『おーい、嬢ちゃんは何処にいるんだ?
『ちゃん、何処ですか?』
『あ、悠舜さまと燕青さんと名才だ!!』
そうして2人で暫く話していると、大通りの方角からを呼ぶ声が響いた。
その声にが思わず、反応する。
『お前の知り合いか?』
『うん、一緒にお祭りに来た人達なの。悠舜さまはねのお義父さまなんだよ。
とっても頭が偉くて優しくて自慢の大好きなお義父さまなんだ』
『お前も、なのか?』
『私も?』
『俺もある人に拾って貰ったんだ』
『絳攸もそのお義父さんの事、大好き?』
『ああ、拾って下さると言ってくれた時に反発した俺をそれでも拾って下さったからな。
だから、俺は決めた。いつかあの人に要らないと言われる日まで絶対に側を離れない』
『それが絳攸の夢なの?』
『ああ、あの人の側であの人の役に立ちたい。
それが俺の多分、唯一の夢なんだと思う』
『絳攸の夢、叶うと良いね。
私もその気持ち判るよ。私も悠舜さまのお役に立ちたいもの』
『なら、俺達は同志だな』
『同志?』
『ああ、俺はこれから国試を受ける為に勉強をする。
あの人の側に一番いられる方法だし、あの人もそれを望んでくれているから。
なぁ、。俺達はお互いに拾ってくれた人の為に、精一杯出来る事をしような』
『うん、じゃあまたいつか絳攸に逢えるかな?』
『ああ、きっと逢えるよ』
『じゃあ、また逢う時までまたね』
『ああ、またな』
そうして、と絳攸は別々の道へと歩き出した。
が目の前に現れた時、悠舜の顔は体中の毛穴から涙が溢れ出てしまったと言った方が
間違いなく正しいであろう、そんなぐしょぐしょの顔でに抱き付いて来た。
『!!あ"あ"よ"がっ"だ!!人攫いとかに攫われたらどうしようかとッ!!』
『悠舜さま、心配をかけてごめんなさい』
『そんな事より!!君が無事に帰って来てくれただけでいいのですよ。
何も君の無事には代えられないし、君より大事なものなんてありませんから』
足を引きずりながらも、を一生懸命に抱きしめてくれる悠舜。
その腕の広さと温かさに再び、視界が滲んだ。
「おーい、嬢ちゃーん…ってここにいたのか」
暫く、どの位そうしていただろうか。
ここで絳攸にりんご飴を買ってもらった時は幼くて、何も出来なくて悔しかったけど。
勉強して、いつか悠舜の役に立てる事を夢見てずっと憧れていた官吏になって。
そこで、絳攸に会ってとても驚いた。
絳攸はその言葉通り、吏部侍郎と言う地位に就いていて頑張っていたからだ。
しかもあの若さで異例の主上付きと言う待遇だ。
いつもお世話になっている藍将軍と同期だと聞いた時は正直、少し驚いてしまったけれど。
でも、きっと今でも絳攸は義父さんの事が好きだと判ったから。
だって、あんなに生き生きと楽しそうだったし。
幼い頃に結んだ同志の誓いを彼が覚えているかどうかは、今は判らないけど。
「ちゃん、どうかしたんですか?」
「嬢ちゃん、ここのりんご飴好きだよなー。買うんだろ?」
「うん、買って来るからちょっと待ってて!!」
訝しそうに聞いた名才と燕青の声を遮る様には言った。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
かなり長くなってしまった&ちょっとありえない出会い方をしてしまいました彩雲国
ヘタレな作品ではありますが愛だけは駄々漏れなので最愛の魂友であるユウコさんへ捧げます
3周年、おめでとうございますm(_ _)m
今後ともこれまで以上に仲良くしてやって下さいね
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
二作目は彩雲国を頂きました。
莉音さんの彩雲国はヒロインが頑張り屋さんで素敵なのです。
可愛くて皆に愛されるヒロインちゃんに私もこっそりラブです。
素敵な作品どうもありがとうございました。
またオフで遊んでくださいねvv 久我ユウコ