日本は今頃梅雨だろうか。
どんよりと雲に覆われた灰色の空とじめじめとした纏わりつく、それでも優しい空気を思い出したのは朝方から降る雨のせいだ。
此処は日本ほど湿気てはいないのだ。
日差しは日本のほうがあるけどね、と思いながら窓枠についた雨雫に視線を止めた。
部屋の灯が映りキラキラ輝く水滴は金色に輝く。
休暇前の浮ついた空気の残るホグワーツは何処か窮屈でもある。
息詰まるような感覚から抜け出したくて防水魔法を掛けたローブを羽織り、長靴に足を突っ込んで寮の外へと飛び出した。
「流石に此処に人はいないかー」
雨ということもあり休日ながら外には人影は疎らであったがそれ以上に彼女のいる場所には人影がなかった。
そこは森へと続く路の近くであり少し遠くなったホグワーツの塔が見えるだけだ。
「あ、あったあった」
がさがさと辺りの草むらを探して木陰の隅の小さな塊を見つけ出した。
それは少女の膝丈くらいの小さな紫陽花だった。
まだ五分咲きであるそれは土壌の関係だろう青い花をつけていた。
じっと雨の中佇んで眺めていたのだが背後でがさりと音がして驚いて振り向く。
「・・・びっくり、しました」
其処にはホグワーツ教員であるスネイプが立っていたのだ。
他の者であればきっと彼女のような反応ではなく幽霊が出たよりも驚いて逃げ去ったに違いない。
気難しく嫌味な教師は休日に出会いたい人物と思われるわけもなく。
けれど少女は驚いた表情を解くと照れくさそうに笑った。
「こんな所で何をしている。ミス・」
ぼそりと不機嫌そうな声色に不思議そうに首を傾げながら言葉を返す。
「紫陽花を見たくなって」
日本ではこの時期いっぱい咲いているんですよ。
夏の訪れを教えてくれる花なんです。
そう笑う少女に男は一瞥してそれから溜息を吐いた。
「見たならもう満足しただろう。いくら防水魔法を掛けているローブを着ていてもそのままでは身体が冷える」
帰るぞ。
そう言って差し出された手に少女は少し驚いてそれから嬉しそうに微笑んだ。
二人が去っていく後姿を紫陽花と日本で呼ばれる花が見守っていたのだった。
夏はもうそこまで来ていた。