其処は二人だけの方舟
地下室の冬の匂いがする空気の中先生と二人でソファーに座ってる。
先生はゆっくりとあたしの髪を撫でていてあたしは先生の指をうっとりと感じてる。
闇の勢力が復活した。
それは魔法界に大きな影を落としていると先生は言う。
きっと薬草の買出しで出かけるスネイプ先生の言葉は本当なのだと思う。
ホグワーツはダンブルドア校長がいるお蔭でまだそこまで影を濃くはしていない。
魔法界の唯一の楽園。
校長は薄い膜のようなモノでホグワーツと闇の陣営を隔離している。
あたしは知らないけれどそんな所がホグワーツ以外にもいくつかはあるのかもしれない。
でもホグワーツしか知らないあたしは温い日常の幸せに僅かずつだけど染み込むように恐怖や裏切りが忍び込んでいることを肌で感じていた。
きっと聡いスネイプ先生はもっとずっと前から知っていたのだろうと思う。
「、我輩のことは気にせず逃げなさい」
髪を撫でながら呟かれた言葉はホグワーツの日常が崩されていくことを示唆してた。
「何があっても生きていれば必ず闇は明けるから」
可笑しいなとつい思う。
ホグワーツの殆どの生徒がこの人を闇の手下だと信じて疑わないこと。
確かに黒いローブは誰よりも似合うけれど闇の明ける夜明けを信じて戦う人なのに。
「・・・頼むから」
生き抜いてくれ。
そう囁かれた言葉に顔を上げた。
「ここは方舟です」
隣に座っている先生は言葉の意味を理解できなかったのだろう。
瞳で何故と問いかけていた。
「ホグワーツという楽園が闇に侵されても先生と二人で生きるための場所」
流石にスネイプ先生の研究室に闇の陣営の人が喜んで出入りするとは思われないしと茶化して言う。
「我輩は冗談で言っているわけではないのだ、」
「私だって冗談で言ったわけではないですよ」
最後の一言は余計でしたと謝罪する。
すっと伸ばした手のひらでスネイプ先生の頬を撫でる。
温かい体温。
「逃げる時は二人です」
しっかりと瞳を見つめて告げる。
「我輩がいつもお前を守れるとは限らん」
残酷な言葉。
でも真実を述べることが彼なりの優しさだとあたしは知ってた。
「ピンチの時は駆けつけてくれるでしょう?」
それまで生き延びるくらいはしますよ。
一人で逃げるなんて嫌ですから。
にこりと笑ったら苦々しそうな表情が視界に入る。
だって貴方はそうでもしないと生きて帰ってくれないでしょう?
一人で生き延びるのはもっと嫌なんですよ?
心の中でそう呟く。
「貴方しかあたしの幸せを作れる人はいないんです」
しっかり自覚してくださいと言えばそっと塞がれた唇。
ゆっくりと臥せる瞼の隙間からゆらゆらと揺れる冬の日差し。
もうすぐ長い夜が来る。
ホグワーツにも。
魔法界にも。
「明けない闇はない」
地下室のソファーの上で囁かれた言葉は愛しているという言葉と同じ自信に満ちていて。
ここはやはり方舟だとはそっと心に刻んだ。