ざわめきが遠くで消える。

物音は――――――――――しない。





それもそのはず彼女がいるのは放課後の魔法薬学の教室だった。

生徒は特にグリフィンドール生は授業の片づけが終わり次第、我先にと逃げ出すように出て行く場所。

よほどの事が、つまり呼び出しや居残りを言い渡された者以外行くような場所ではなかったのである。

地下室のせいか教室はひんやりと冷たくは自らの指定席となった

後ろから三番目の端の席に腰掛け指先に息を吹きかけた。

かじかんではいないが冷たくなった指先に苦笑する。

冬という季節。

何の用意もなしにこの場所に入り浸る自分の愚かさを。

しかしスリザリン生でもない自分が彼の自室に行っても歓迎されるわけもなく

むしろ自寮を嬉々と減点されるだろう事が予想された。

成績は悪くもないが魔法薬学が飛び抜けていいわけでもなく質問に行く事もできない。

自分にできる事といえば授業中そっと気付かれない程度にスネイプ教授を見つめ

放課後、生徒がこないこの場所で彼の残像を追うだけ。

レポートが大量にある場合はそれすらもできず

これが恋だろうかというものだろうかという段階はいつの間にか過ぎ去っていた。







授業で使われる黒板を見ていっそこれに先生が好きだと書いてしまいたい衝動に駆られる。

胸の奥に秘めた願いを知って貰いたいという願い。

日々強くなるそれをは持て余していた。

「そこで何をしている」

後ろから声をかけられ振り向いた。

そこには愛しい彼がいつもの不機嫌そうな表情で立っていた。

つかつかと歩み寄られ手を取られた。

「ここで何をしていた。身体が冷えているではないか」

心臓がバクバク音を立てた。

卑怯だ。

不意打ち過ぎる。

早く手を離して―――

心で思ったのが聞こえたようにスネイプは手を離した。

「ついてこい」

有無を言わせぬ声には従った。








「し・・失礼します」

中に入ると本の山が目に入った。

あと薬草の匂い。

ローブにつくわけだと納得する。

あちこちにあるホルマリン漬けは少々気味悪かったが年季の入ってそうな天秤は美しかった。

奥に入っていたスネイプは手にトレイを持って帰ってきた。

乗っているのはポットとカップが二つ。

コポコポと注がれたカップからは紅茶のいい香りがした。

「飲みなさい」

かちゃりと目の前に置かれた白いカップに驚いた。

「でも・・・・」

「毒なぞ入ってないから安心しなさい」

先生が毒なんて入れるとは思わなかったけどグリフィンドール生に紅茶を注いでくれるとは

思ってなかったのもまた事実だった。

こくりと飲むとほんわかと温もりが喉を落ちていって自分がいかに凍えていたかを実感した。

「もう一杯いるかね」

「いえ・・・・」

目の前にいるという現実に信じられなくてついじっと凝視してしまう。

「何かね」

飲み終わったカップを置くとほうと溜息をついた。

自分が都合のいい夢を見ているのではないかという想いが込められていた。

こんな事がスネイプ先生の自室で先生の入れてくれた紅茶を飲んで

近くで先生をじっと見ているなんて。

卒業するまでいや、卒業しても叶わないと思っていた夢が今叶っているのだ。

「先生は・・・・」

だから言ってしまおうと思ったのだ。

諦めようと思っていたこの思いを。

「先生は恋人がいるんですか」

「いや、いないが」

怪訝そうな表情に今のうちにともう一つ質問をした。

「好きな人は・・・」

「何を泣いているっ」

私は最後まで言えなかった。

涙が溢れてしまったから。

ああ情けない。

恋をしてから緩みっぱなしの涙腺を叱りつ言い直した。

「先生に好きな人はいるんですか?」

「・・・・・・関係なかろう」

いるのだろうか。

マイナス思考に陥りがちな自分が嫌だった。

「あります」

関係なくなんかない。

「私は」

だってずっと。

「先生が好きなんです」

言いたかった言葉が口をついた。




















「紅茶ごちそうさまでした」

「いや」

ふっと昔のことが思い出された。

紅茶を振舞ったら泣いてしまった彼女の事を。

優秀なスリザリン生はくすりと笑った。

「奥様の事でも考えていらっしゃいました?」

そう笑って去った生徒のことは直に頭から消え去った。

今度の休暇にはどこに行くべきかと自分の妻を思いながら考えていたから。

スネイプの妻の事は今でもホグワーツで伝説になっている。

グリフィンドール生で、いやホグワーツで唯一地下室へ通える生徒がいた―――と。

彼女の名は

今は魔法薬学教授の妻であり幸せな結婚生活を送っているのは

教授の部屋に飾られた写真をみれば一目瞭然である―――――という噂である。