別に誕生日など祝う意義など見出せなかった。
だからこれまで特に気にも留めていなかったのだが。
夏休みが終わろうとしていた。
今年の夏は大変だったなと振り返る。
婚約者の少女を追って日本へ行くなど彼女に出会う前の自分に言っても信じはしないだろう。
いや、出会った後の数年間の自分でも笑い飛ばしただろう。
『そんなわけあるわけなかろう』と言って。
しかし今はそれが事実なのだからと受け止める事が出来る。
それは何より自分が思いがけず彼女、に惹かれたのが原因だ。
親子ほども歳が離れているのだがなと自らの不甲斐なさというか何かに腹立たしく思う日もあるが彼女がいると心地いいのだから仕方ない。
自分が選んだのだ。
夏期休暇が終わればまた教師と生徒に戻る。
それを少しだけ寂しいと思うのは何故だろうなと自嘲しながら大鍋の中身をぐるりとかき回した。
「・・・・・・で聞きたいこととは何だ?」
不機嫌に溜息を吐きつつ聞いた。
いきなり飛び込んできて御飯だから研究は止めてくださいと覚えたての呪文を大鍋に掛けられれば誰だって不機嫌になるはずだ。
生徒は魔法禁止だと知っている癖に少女は
「だって先生がついてるから大丈夫ですってー」
と言って魔法を使っている。
日々使う日常魔法はかなりの腕前で洗濯の染みを落とす方法などは自分で編み出してたりもして密かに舌を巻いたこともある。
「あのー、スネイプ先生の誕生日はいつですか?」
何を今更と思ったのは確かだ。
「1月9日だが?」
少女はうーんと唸った。
「・・・・・・・・私祝ってませんよね?」
その言葉を聞いた途端口を少しばかり上げて笑ってしまった。
「さあ、どうだったかな」
そうかあの日を覚えていないのだな。
些か不満でもあったがあの少しばかり恥ずかしく忌まわしい記憶が消されていることに安堵する。
そんな態度を不満に思ったのかはキッと睨みつけてきた。
「今年は祝ってないのは確かですから明日は先生のお誕生日パーティーをします」
にっこりと笑いを浮べたは文句を言いたきゃ言ってみろとばかりに極上の笑みを浮べて目の前の男に微笑んだ。
それは彼女が失って取り戻した記憶の中に埋もれた欠片。
1月9日の夜のこと。
「失礼しまーす」
が扉を開けるといつも通り黒ずくめのスネイプ先生。
誕生日もお通夜かー!!
もう少し派手な服でも着ればいいのにとまたしても思う。
黒が似合わないわけでは決してない。
似合いすぎるのがなあと少女が思ってしまい隠し切れない表情をスネイプはなんだとばかりに見返していた。
「先生!お誕生日おめでとうございます!!」
気を取り直して差し出したケーキの箱。
「また、かね」
「ええ」
祝い事にはケーキこれ、常識です。と笑う少女に苦笑する。
彼女の父親が送ってきたコウハクマンジューとやらよりはいいかと思ったのだ。
「・・・・・美味い」
「本当ですかー!?」
うわ、嬉しいですと瞳を輝かせる少女にグラスを渡す。
中には並々と注がれたワイン。
「祝うなら付き合え」
芳醇な香りはワインが高級品であることを示していた。
「乾杯しましょう!」
高々とグラスを掲げた少女に皮肉を投げつけた。
「何にだ?この先の闇にか?」
口をついて出たのは場を壊すような大人気ない台詞だった。
「え?違いますよ。やっぱりここはスネイプ先生の健康とこれからの幸せでしょう」
カチンとあわせられたグラスは澄んだ音色で。
向けられた微笑みはとても無垢だった。
「すまない」
「そういう時はありがとうっていう方がいいですよ」
私はそっちの方が嬉しいんですと笑う少女が眩しかった。
「スネイプ先生、お誕生日おめでとうございます」
「ああ、感謝する」
ありがとうと素直に言えない自分が少しだけ負けたような気がした。
「・・・・・先生ー?御飯ですよー」
「こっちだ」
扉から覗いてるに声を掛けた。
「お風呂に入っていたんですか」
驚いている様子にそれもそうかと内心で納得する。
「私も着替えた方がいいんですかねえ」
そういう彼女が着ているのは白いワンピースだ。
涼しげで袖や裾から伸びる手足のしなやかさは子供特有の柔らかさを印象付ける。
「いや、我輩は祝って貰う立場だからな。お前はそのままで十分だ」
リビングへ足を向ければキャンドルの灯りが揺れて美しかった。
「なかなか本格的だな」
椅子を引けば驚いて慌てて腰掛ける様が少しだけ面白い。
マナーだからという事もあるが相手が彼女だからこそ尊重しようと思うのだ。
「では何に乾杯しようか」
の覚えていない過去を一人思い出し口にする。
「先生の健康とこれからの幸せに」
誕生日ですからと言われてこの目の前の相手の変わらない無垢な魂が愛しいと感じた。
「では我輩はお前の健やかなる心と身体の成長を」
カチンと澄んだ音を立ててグラスがなった。
あの時と同じ。
けれど積み重ねた月日によって自分の心は確実に目の前にいる少女に囚われ始めている。
蝋燭を消すという行為はとても恥ずかしかったが期待と好意を裏切るわけにも行かないと腹をくくる。
「スネイプ先生、お誕生日おめでとうございます」
あの日と同じ言葉に祝われながら来年もと願ったスネイプの心を彼女は知らない。