言い訳をさせて貰えるなら仕方なかった、としか言えない。
だって私にはさっぱりぽんとその記憶が抜け落ちているのだから。
夏休みが終わろうとしていた。
今年の夏も色々あったなと振り返る。
最初は少しだけギクシャクとしていたのだがスネイプ先生は相変わらずだしも次第に元の調子が戻ってきた。
リドルの記憶は消えたけれど何処かにまだ記憶の封じられたアイテムが残っているかも、と他の誰もが顔を青褪めるようなことまで考えていた。
スネイプ家の台所で大根を切りながら・・・・だ。
お見合いの話も潰れたしまだまだスネイプという男に恋してるのかはわからなかったが嫌いではないと自覚した。
そうなって見ると季節の行事を思い巡らしはた、と滑らかに動かしていた手を止めた。
「・・・・・祝ったっけ?」
どうしても思い出せない行事がある。
一年に一度は必ず訪れるはずのその日。
婚約者なのに知らないのはおかしいと思い立ったが吉日とばかりには切った大根を鍋に入れると篭りっぱなしの婚約者を引きずり出すべく腕を捲った。
「・・・・・・で聞きたいこととは何だ?」
ようやく研究を止める事に成功したは不機嫌な相手に溜息を吐きつつ聞いた。
「あのー、スネイプ先生の誕生日はいつですか?」
父親と同級生だから1960年だろうと当たりをつける。
20歳差なんて殆ど犯罪だろと内心突っ込んだ。
目の前の人が変態ではないという保障はないんだよなあと些か信用していない視線を婚約者に向けた。
「1月9日だが?」
そんな視線に訝しげに答える男と裏腹にはうーんと唸った。
彼女の頭の中はぐーるぐると一年半前と半年前のその時期を検索中だ。
「・・・・・・・・私祝ってませんよね?」
恐る恐る聞いた途端スネイプ先生は口を少しばかり上げて不敵に笑った。
「さあ、どうだったかな」
覚えているともいないとも言わない男に意地の悪さはスリザリンだなどとスリザリン生らしからぬことを思いそして宣言した。
「今年は祝ってないのは確かですから明日は先生のお誕生日パーティーをします」
この歳でか!?という言葉が口をつきそうになったが少女の楽しみにしててくださいねと笑う表情に見蕩れてしまい何もいう事はできなかった。
「うーん、やっぱ誕生日といえばこれよねー」
ガショガショと大きなボールに泡立て器で空気を入れながら力強く廻す。
ふんわりと空気の入ったきめ細かいクリームはスネイプ先生好みに甘さが控えめだ。
クリスマス・・・とまではいかないがから揚げとシーザーサラダととっておきの赤ワインも用意した。
自分は飲めないので日本の炭酸飲料の某テニスの王子が愛飲ドリンクファ〇タを用意した。
これなら一緒に同じモノを飲んでいる気分になれると思ったからだ。
スープは腕によりをかけた野菜スープだ。
夏は暑いが冷たいものばかりだと身体を崩す。
は夏バテはしない方なために日本の夏でもガッツリ食事が出来るのでこちらの気候で食欲は落ちるはずがない。
念のため今夜の主役にも聞いたのだが何でもいいと言われて張り合いのないヤツとこっそり罵ったのは秘密だ。
何でもいいが一番困るんだよねーと呟きながらこってり過ぎずしかし食卓が華やかになるようなメニューを選んだ。
あとは飾りつけだけだとは出来上がったスポンジを粗熱を取るために放置した。
「・・・・・先生ー?御飯ですよー」
扉から覗けばおや、と思う。
いつもなら鍋と睨みあいもしくは本と格闘中なのだが姿がない。
「こっちだ」
声をした方を向けばさっぱりとした様子。
「お風呂に入っていたんですか」
珍しいと思ったのだが口にはしなかった。
研究室に篭っても基本的にこの相手が風呂・食事などをするのは知っていた。
片付けがとてつもなく溜まるのも。
だがこの正装としか思えない薄いローブときっちりした服とぱりっと糊の利いたシャツには驚かされた。
夏の日差しが落ちて些か涼しくなっていたのが唯一の救いか。
「私も着替えた方がいいんですかねえ」
着ているのは白いワンピースだ。
風通しもよく着心地も良いので愛用しているのだが。
「いや、我輩は祝って貰う立場だからな。お前はそのままで十分だ」
そう言ってすたすたとリビングへと足を向けた。
いつもはキッチンで取る食事だが今日は特別にリビングの方へセットした。
キャンドルの灯りがゆらゆらと揺れて幻想的だ。
「なかなか本格的だな」
椅子を引いてくれたので慌てて座る。
こういう作法を見ると不機嫌陰険教師と呼ばれているスネイプ先生も英国紳士なのだなと思ってくすりと笑ってしまう。
「では何に乾杯しようか」
注いだワインのグラスを手にとって鼻先でグラスを廻して香りを楽しんだスネイプ先生が言った。
「先生の健康とこれからの幸せに」
誕生日ですからと言えば驚いた表情の後に楽しげな微笑み。
「では我輩はお前の健やかなる心と身体の成長を」
カチンと澄んだ音を立ててグラスがなった。
それから後は新学期に向けた話とかスネイプ先生からの宿題の出来加減とか色々話して。
「では最後にこれをどーぞ」
じゃじゃーんと口で言いながらケーキを差し出す。
ドリアを食べたからって食べれないとは言いませんよねと微笑む。
「我輩は・・・・・・」
甘そうな匂いに難色を示すスネイプ先生に全く・・・・と思いつつ蝋燭を立てていく。
1本、2本、3本・・・・・・。
「はい、じゃあ消してくださいね」
32本も蝋燭の立ったケーキは壮観だ。
「なっ・・・我輩がか!?」
「当たり前ですよ!主役が消さないでどうします」
さあさあさあと畳み掛けると渋々吹き消したスネイプ先生。
その頬が赤かったのはきっと蝋燭に照らされただけではないはず。
「スネイプ先生、お誕生日おめでとうございます」
ようやく私は二回も言い損なった言葉を口にすることが出来たのだった。