「覚えてもない勉強内容をどうやって取り返せっていうのよ」
空白の部分はいまだに埋まらずに仕方ないので勉強中。
スネイプ先生に
「お前にはぬいぐるみよりも参考書の方がよかったのではないか」
なんて言われたし。
「それよりヤマ張ってくれる家庭教師の方がいいです」
そう言っても返ってくるのはつれない返事ばかり。
仕方ないので教科書と首っ引きで図書館デート。
ストレスでハゲたらどうしようなんて考えてしまう。
「留年は嫌だな・・・」
ハゲも嫌だが。
はあと息を吐いて気合を入れる。
既視感と違和感。
たしかこんな事があった気がして。
そんな事実はなかったとシグナルが発せられる。
「まずは試験が優先だわ」
自分の不安に目をつぶり必死になって覚えていった。
全ての試験が終了後地下室のソファーに身を沈めてた。
「あ〜。忘れ薬誰かが私に飲ませたとか?」
「それはなかろう」
スネイプ先生は器用に採点しつつ顔も上げないで返事した。
「なんでですか?それなら私が忘れたことにも一応説明が・・」
「あんな出来の悪い薬でそう長く記憶を忘れるはずがない。せいぜいグレンジャーの薬で二週間だ」
「で・・でも量が多かったとしたら・・」
「大体そんな都合のいいものではない。飲んだとしたら起きた時に口の中にでも苦味が残ってるはずだ」
起きた瞬間は苦いとは思わなかったと思い返す。
どちらかといえば甘かった。
クッキーを抓みながら勉強していた報いだろうか。
「あーあ。説明できると思ったのに」
ソファーで伸びをする。
何が原因なのか知りたいと思う。
できればこの二ヶ月の自分も。
「ところで私の薬はどうでした?」
結構自信作なんですけどといえば
「覚えてないにしては良く出来ていた」
思ってもない言葉。
「それって先生から最大級に褒められたって事ですよね」
うわ嬉しいと騒げば出て行けと言われて。
また後で来ますね、と後にした。
不安はまだあるけれど言葉一つでここまで気分が上昇する自分の現金さに苦笑する。
「明日は雨かな」
蒸し暑い空気にそう呟いた。
廊下を歩いていたらニンニク臭。
クィレル先生だと辺りを見回すと階段を上っていく姿が見えた。
「クィレル先生ー!!」
叫べばビクリと振り返った。
その表情はいつもの数倍悪い。
「どうしたんですか?どこか悪いんですか?」
「そそそそうなんです。・・ミス・。よよよろしければついて来てくれますか」
がっちりと腕を掴まれていいですよとしか言えなかった。
迷ってた事はないよね。
でもここの階段は・・・・・。
ちくりと頭の隅にシグナルが鳴っていた。
「失礼します」
中に入ると嗅ぎ慣れたニンニン臭さ。
吸血鬼も真っ青。
クィレル先生もだけど。
「本当に大丈夫ですか?」
「本当に君はいい子ですね」
「!!!」
どもってない!!
そう突っ込めなかったと薄れ行く意識の中で残念に思ったのだった。
『全ては終わったときにわかるであろう』
何当たり前な事を言ってるんだと思ったのだ。
終わった後では遅いのだ。
フェードアウトしていく脳裏に誰かの姿が浮かんで消えたのも思い出した。
ぼんやりと。
そして何処からか聞こえた呪文。
多分あれは私にかけられた呪文。
「オブリビエイト、忘れよ。・・・力が上手く働かない。これも・・・」
思い出したのはそこと忘れていた時の断片的な部分。
例えばみぞの鏡とかいうものを覘いたこと。
スネイプ先生とお茶を2週間に1回はしていたこと。
ハリーとドラコが密会しようとして見つかったこと。
そんな記憶が思い出せた。
「誰が・・・・ってクィレルしかいないか」
目を開けると見知らぬ情景。
ホグワーツの何処であろうか。
クィレルがみぞの鏡に立っているのが視えた。
「、そこにいるのであろう」
「いるけど」
名前で呼ばれるのは気に食わないと不機嫌に答えると何処からか再び声がした。
「もうすぐ私は復活する・・・そうすれば全てが私と・・・」
ぴたりと声が止まった。
後ろを振り向くとハリーがいた。
「駄目!逃げてっ」
叫んでも聞き入れてくれなくてその時ようやく自分が精神だけの状態でふわふわと浮いている事に気がついた。
「すぐに迎えにいく」
その言葉とともに強い力で押された。
何処からか声が聞こえる。
とても懐かしい声。
「!ッ!!」
重い瞼を明けると瞳に映ったのは慌てたスネイプ先生の姿。
「・・・ハリーが・・・先生行ってあげて・・」
「校長が向かっている。あれほどクィレルに近づくなと言ったであろうが!!」
「・・私が近づくよりあっちから来たんです・・・って」
お茶したの思い出しましたよとへらと笑えば馬鹿者と怒鳴られる。
脳裏で叫び声が聞こえたのはその瞬間。
あまりの衝撃に顔を顰める。
「すまん、怒鳴ったのが響いたか」
「いえ。多分・・・・今、クィレル先生が亡くなりました」
「・・・・そうか」
ぽかりと開いた記憶の穴が修復されて欠如がなくなる。
「私、クィレル先生嫌いじゃなかったですよ」
ニンニク臭は閉口したけど。
どもってて生徒にさえ怯えていても人間味のある人と思えた。
なにより自分の・・・たった一年とはいえ授業を受けた教師だったから。
無言で頭を撫でられてその温かさに涙が溢れた。
「もう一人の人は好きじゃなかったですけどね」
「もう一人・・・」
「だって私にオブリビエイトとかいう魔法かけたんですよ。しかも上手く懸からないし」
「忘却術か」
夏に教えてやると言われて今年の夏はスパルタだと覚悟した。
夏休みまであと少し。
ホグワーツを包む空気は夏の匂いになっていた。