「私はリドルを・・・・・選べない」

その言葉に薄くリドルは自嘲気味の笑いを浮べた。

まるでわかっていたというように。

「私はこの生まれた世界を愛してる。リドルを選びたいけど世界の全てを捨てて、時を止めてリドルといる勇気がない」

リドルはに一緒に手帳の中で生きようと言ったのだ。

眠ったままの身体を捨ててひっそりと生きていこうと。

「じゃあ・・・僕が実体化したら選んでもらえるかな」

「・・・・・・そんなことが・・・出来るの?」

世界を捨てずリドルといられるという都合のよすぎる言葉に問い返す。

「出来るよ。でも簡単じゃないし犠牲がいる」

「・・・・・犠牲」

淡々と告げるリドルの瞳は初めて会った時より深い闇を映し出していた。

「ハリー・ポッターを取り込む。彼の精神を殺して僕が彼となって君と生きてく」

外見は成長過程で変えていけるし君と生きれるならそれも良いと言うリドルの言葉を遮る。

「駄目!リドル、そんなことしないで」

お願いと涙が溢れる。

我儘すぎる自分が酷い人間だと自覚して泣けてくる。

「ハリーになったリドルとはきっと生きていけない。友達だもの二人とも。だからリドルはリドルのままでいて」

「僕は君と生きたいんだよ」

たった一言が痛くて何も言葉を返せない。

リドルと一緒にいれたらと思う。

きっと楽しいし毎日がキラキラ輝いて流れていくと簡単に想像できる。

でもハリーを殺したリドルを好きになるのは自分は絶対にできないだろうと心が叫ぶ。

「彼が好きなんだね?」

暫く俯いていたリドルはぽつりと呟いた。

リドルの言う彼が誰を指しているのかすぐにわかった。

「わからない。ただ傍にいたいって思っただけ」

誰かわからなかった声の持ち主。

入学祝いに貰った花とか

作ってくれた怪しい目薬とか

怪我の治療してくれたとか

甘さ控えめブッシュ・ド・ノエルを甘いといいつつ食べてくれた事とか

真っ白なテディベアを貰ってセディと名づけた事とか

試験の薬の出来を珍しく褒められたとか

帰るのがスネイプ先生の家となったこととか

楽しかった夏休みとか

些細な一言を覚えていて連れて行ってくれた店とか

優しかった手のひらとか

貸してくれたローブの匂いとか

手帳に書いた何気ない一言とか

抱きとめてくれた腕とか

優しすぎる言葉とか

淹れてくれた紅茶の甘さとか

一緒に映った写真とか

小さくて暖かなスネイプ先生との思い出がとても大事なモノだと知っている自分がいる。

「リドルと一緒に行けない。一緒に行けなくて・・ごめん」

「いいよ。きっと君はそう答えると思っていた」

でも君からの答えが欲しかったんだ、僕は。と笑うリドルが少しずつ薄く壊れかけた映写機の映し出す映像のようにぶれ始める。

「リドルっ・・・・・・・・リドルっ!」

薄れていくリドルがふうっと消えて瞼に浮かぶハリーと対決しているもう一人のリドルの姿。

今消えていくリドルは何処へ行くんだろう。

「・・・・・リドルっ」

死なないでっ

そう呟いた瞬間視界に入ってきたのは白い天井だった。




















「目が覚めたのね」

マダム・ポンフリーの優しい声に自分が保健室の自分の身体に帰ってきたのだと知る。

「貴女ずっと眠っていたのよ」

原因不明でスネイプ先生も酷く心配していたわよという言葉もそこそこに廊下へ飛び出す。

マダム・ポンフリーの声を無視して廊下を走る。

「リドルっ・・・!」

寒かった廊下はいつのまにか温かな気温まで上がっていて眠っていた期間の長さを感じさせた。

「自分がいなくなって大事な人が悲しんでくれる所を見るのって悪趣味だけど結構嬉しいものだね」

「・・・・・・・・リドル?」

少し離れた廊下の薄暗がりから現れたのは真っ黒な猫。

ニャーオ

甘えるような声を上げた猫だけど瞳は赤くそして何より自分にはその猫がリドルだとわかった。

「手帳の中で君がいない時を生きるのにも飽きたからね、出てきたんだ」

日記の本体が消えたらもうすぐ消えるけどね。

猫を抱き上げると実体があって躊躇する。

「これは僕ととハリーとかそこら辺の魔力で作った身体だから心配しなくていいよ」

じゃあ行こうかと言われて歩き出す。

リドルはが向かう先を知っていたしは知っていると信じて疑わなかった。


















「くっ・・・・」

いきなり小さな身体を曲げて呻いた腕の中の黒猫リドル。

「ど・・・どうしたの?」

「・・・・ハリー・ポッターが日記本体を消滅させた」

脈の速くなった小動物の身体に頬をそっと触れさせる。

「ごめんね」

謝ったりするのは卑怯だとわかっていたけど口をついてしまう言葉。

自分がやめてと願わなければきっとリドルはハリーを殺してた。

取り込んで生きようとしたはずだから。

「いや、僕は満足してるよ。君の答えが聞けたから」

尻尾を振ってみせるリドルにくすりと笑う。

優しさがとても嬉しい。

「ありがと」

は笑っていたほうが可愛いよ」

リドルに褒められるとは思わなかったよと苦笑して見せて。

止まっていた足を再び動かす。

「誰か・・・来る」

リドルの声に注意を向けると意外な人物が歩いてきた。

「・・・・・・ルシウス・マルフォイ・・・さん」

ドビーがいたが彼はに気がついたのかどこかへ失せろ、呼ぶまで近づくなとドビーを追い払った。

「これはこれは・・・お会いできて光栄だ」

酷薄そうな光を写した瞳にルシウスという男の本質が見えた気がした。

















「私は運がいいと見える。最初にあの御方の求める君とあの方の記憶の欠片と会えるとは」

邪気のないような笑みにふるりと背筋が震えた。

「全くあの小娘に罪を暴くだけで済んだのは残念だったが君が手に入るならそうでもないな」

「何が言いたいんですか」

そう言ってから思い当たる節があった。

「・・・・ジニーが日記を手に入れるよう小細工したのは貴方ですね」

「そうだ、といったら?」

笑みを全く崩さない男に悔しさが募る。

それともう一つの直感が閃く。

「・・・・あの手紙を私に送ったのは貴方ですね」

「何のことかな?」

「私の祖母からという手紙です。あれはドビーが持ってきました」

貴方が細工したんでしょうと言えば銀の髪がさらりと揺れた。

「小賢しい子供は嫌いだが君みたいな聡い女は嫌いではないよ」

そう笑ったのは薄っぺらい笑い、ではなく本来のものであるだろう可笑しそうな笑み。

珍しい玩具を見つけた子供のような。

「私がしたよ。君が絶望して闇に捕まればあの方の下へ連れて行きやすいかと思ってね」

まあそれも上手く行かなかったようだが。

リドルがやや毛を逆立てて苛立っているのがわかった。

「今から何をしに行くんです」

「ウィーズリーの小娘の罪を暴きに・・・だけのつもりだったが気が変わった。の娘、と言ったか」

「・・・・・それが何か」

疑い深い眼差しで見ればルシウス・マルフォイはあっさりと口にした。

「君を息子の妻にと思ったが勿体無いと思ってね。私のモノ・・・愛人とならないか」

近所のスーパーとかコンビニへ行かないかと言うような気安さに目眩がする。

「あのー・・・・確か魔法界も一夫一婦制ですよ?」

ハーレムOKなんて聞いてないけどと思っていれば気にするなと返された。

「魔法界の上流貴族ではよくある話だ。私は愛人に男がいても気にならない性質でな。

それに君と君の抱く記憶の欠片があればあの方を影で操る事も可能となる」

どうだねと言われて肩を竦める。

「お断りです」

「・・・・当たり前だよ」

ぼそりと黒猫リドルの呟きは全く無視してルシウス氏は問い返した。

「どうしてだ?贅沢も何もかも手に入るのが嫌というのではないだろう」

「ええ。でも私は好きな人と結婚したいですし」

一回くらいは花嫁衣裳を着て父親に見せたいし好きな人の隣に立ちたい。

三々九度の神前式も捨てがたいけどジューンブライドでマリアベールの花嫁さんは憧れでしょう!

もし隣に立つのがスネイプ先生ならばゴンドラに乗ってみるのも一興だし。

青筋立てて嫌がるのが目に浮かぶ。

「だから貴方の申し出はお断りさせて頂きます」

「出直して来いって言うべきだ」

二度と来るなとかでもいいけど。

またまたぼそりと呟く黒猫リドルの言葉を無視してルシウス氏はの手を取って初めて会った日のように口付けた。

「手に入らないものほど欲しくなるな」

ではまた会おうと言うルシウス氏の手にリドルの爪が走る。

「さ・・・さよならっ」

たらりと出た赤い血に意外だと思いつつ走り去る。


背中になにやら上流お貴族様らしくない悪態が聞こえた気がしたけれど聞こえない振りをする。

そして一人と一匹はルシウス氏の申し出を丁重に?断ったのだった。