なんだ、まるでマグルそのものではないか。
彼に対してそんな感想を持つなど思ってもなかった。
彼はいつだって黒いローブ、黒い服、黒い靴に身を包み我輩こそが魔法界だというような壁を私達の間に高く築いていた。
その壁は越えることが出来たわけではない。
私はその強固そうで誰も近寄らない壁に偶然近寄り、偶然向こう側を覗ける穴を見つけただけだ。
乗り越えたわけでも、ぶち壊せたわけでもない。
ただその壁に出来た穴から中を覗き込んで彼を見つけた。
正しくは彼自身ではなく彼の右腕を、だ。
その手は酷く魅力的に思えた。
大きく何もかも掴み、守り抜ける大人のもので私はそれが欲しくなった。
今まで壁に隠された彼の右腕ひとつで私は魅了されたのだ。
その時の私の心は今思うと子ども染みていたように思える。
他の子よりも私は優れているのだと、貴方たちが知らない素晴らしいものを手に入れたのだと思っていたのかもしれない。
なんて厚顔で恥ずかしいことだろう。
けれど其処には確かに子どもっぽくも彼に寄せる好意と恋に似た愛になりきれない何かがあった。
私は彼が好きだった。
時折、何か眩しそうに私、いや私を取り巻く何かを見ていた。
その何かを知ることは私にはできなかった。
その何かを私は彼に忘れさせることはできなかった。
だって私には彼の右腕しか見えてなかったのだ。
壁はいつまでたってもそこにあり私には未だに乗り越えることも壊すことも出来ずにいたのだ。
穴から見える右腕だけが私に見える彼だった。













「さよなら、先生」










あの頃は決して着てなかった白いシャツを纏う彼は別人のようだった。
眉間の皺は相変わらずだけど眼差しは柔らかさを増しているようで嬉しいと素直に思った。
ようやく喉から絞り出した言葉は絶望の響きを伴って鼓膜に、脳に届く。
嫌だいやだイヤダ。
この酷くいとおしくて悲しくて可愛らしい男を越せる人を私は見つけ出せはしないだろう。
彼は何かいいたげな表情をしてそれからふっ、と無表情になる。
苛つきを誤魔化すように彼は胸ポケットから煙草を取り出して火を点けた。
二人の間に紫煙が目に見える壁のように立ち込めた。
一服の後、何かを諦めたようなかつて見慣れた表情で彼は私に背を向けた。
何も言わなかった。
何も言ってはくれなかった。
そして二歩進んだ彼はすっと右腕を上げた。
その右手には火の点いた煙草。
ゆらり、と紫煙が天に向かって昇っていく。
消えていく紫煙。
まるで二人の関係のように。
今ならあの幼かった私の歪な想いに恋という名をつけられると信じている。

























恋の終わりは紫煙とともに。
























「やだぁっ・・・」

紫煙は消えはしなかった。
その前に溢れる涙で視界がぼやけたからだ。
崩れ落ちるように道に座り込んだ私は路面にぽたぽたと多くの涙が零れ落ちるのが見えた。
その視界に黒い革靴がうつった。
頭上から呆れたような、けれどどこかほっとしたような低い声が落ちてくる。

「泣くほど嫌なら別れなど切り出さなければいいものを」

そう告げた男の顔には怒りも面倒臭そうな様子もなく、ただ柔らかい大事な何かを得たというような表情。
差し出されたのは右腕。
崩れ落ちていた私の身体は引き上げられ彼の身体にすっぽり包まれていた。
いつの間にか壁は無くなっていた。

、愛している。」

その言葉が耳に届くと同時に私は爪先立ちで恋に別れを告げて見つけた愛にくちづけた。























2009/12/19