「あなたじゃないとだめなの」
そういって彼女は一雫の綺麗な雨粒を頬に落とした。
彼女はとても人気者で魔王であるユーリ陛下や城の皆から慕われていた。
私は彼女に陛下のように挨拶をしたりコンラートのように笑わせたりヴォルフラムのように城下へ散策を誘ったりしなかった。
ギュンターの如く愛を囁くなどもっての他だ。
ただいつも何故か潤んで泣きそうな大きな瞳を凝視することしかできない。
名前を呼ぶことすら、できていない。
雨に濡れている子猫なら雨を凌ぐ場所とミルクと温かい愛情を与えられるのに。
捨てられた子犬なら寒さを凌ぐ毛布と信頼できる里親を探してやれるのに。
どうして彼女には手を差し伸べることすらできないのだろう。
「ねえ、グウェンダルさん。私もグウェンって呼んでもいい?」
「グウェンダル、この編みぐるみは誰が作ったの?」
「グウェンダルって・・・・・やっぱりコンラッドやヴォルフと似てる」
彼女の笑顔がとても好きなのに。
「あなたじゃないとだめなの」
そう言って笑った。
とても綺麗だと思った。
隣国の貴族からの縁談。
魔王とも親しい少女には身分の保証もなくうってつけだと思われたらしい。
勿論皆は彼女の自由意志による婚姻以外などは論外でただ話をしただけ、断ると言う話をするために話題に出したに過ぎなかったのだが。
「縁談だと・・・・好きにすればいい」
自分の口から出た言葉と気付くのに時間が掛かった。
やけに低い声。
喉はやけに粘ついて気持ちが悪い。
「グウェン!!」
ユーリの怒った声も耳に入らない。
視界に入った少女が五感の全てを支配する。
「あなたじゃないとだめなの」
震えている指先をきつく握り締めているのがわかった。
そんなに握っていたら折角の白い手が台無しではないかと思う。
青褪めた表情。
それでも笑顔は美しかった。
「だからあなた以外は誰でも同じ。隣国ならふっきることもできるわね」
進めてくれていいわとギュンターに笑う横顔。
ギュンターはオロオロとしている。
「あ、その人よりもっといい交渉相手がいるならそっちにして。どんなに年齢差があっても奥さんが何人いても構わないわ」
「じゃあ、俺なんかどうかな?」
すっと前に出たのはコンラートだった。
「コンラッド・・・」
少女が答える前に遮った。
「駄目だ!!」
「え・・・なにっ・・・グウェンダルっ!!」
引き寄せて彼女の左手を取った。
パシンっ
乾いた音が響く。
「もう一度だ」
パシンっ
両頬を打った手は少しだけ赤くなっていた。
「これでお前は私の婚約者だ。フォンクライスト卿、その馬鹿には断りを入れとけ」
ギュンターはパクパクと口を開けたり閉めたりしている。
「・・・・何か異存はあるか?」
ふるふると涙がいっぱいに溜まった瞳が自分を見上げている。
「私なんかでいいの?」
「お前でなくては駄目だ。・・・・・・」
花が綻ぶような笑顔に自分の求めていたものを知る。
「おーし!そうと決まれば結婚式だよなー!!」
失恋から立ち上がった新米魔王は声を上げた。
「グウェンダルとの結婚式ですからね。華燭の典として後々の語り草になるほど立派なモノにしましょう」
あっさりプロポーズを蹴られたコンラートの台詞だ。
「が義姉上か。・・・兄上なら仕方ない」
ヴォルフラムも祝福の言葉を述べている。
「・・・・・・・・・・・・・・・まあいい」
どうも腑に落ちない点は多々あるものの隣で笑う少女の心が手に入ったのだからとグウェンダルは初めてに微笑んだのだった。