「あなた・・・・・が・・・私は大好きなの・・・・・・・・」

「俺も好きだよ」















その会話を小耳ドコロか砂熊のあみぐるみの耳にもしっかり挟んだグウェンダルはよろよろと執務室へと帰還したのだった。

感想は聞くんじゃなかった、の一言に尽きる。

執務室で書類の山を攻略してせっせとペンだこ育成するのに疲れて外へと出た。

お供は小脇に抱えた砂熊のあみぐるみ。

昨夜完成したばかりのこの子にどの色のリボンをかけて里子へ出すかと検討していた矢先、中庭の向こうに黒いものが見えた。

思わず緩んだ口元を手で覆う。

ユーリよりも長い黒髪は無造作に風に揺れていた。

「・・・・・・っ」

少女に声を掛けようとしていた声が喉の奥で止まった。

彼女の隣にいる人物に気がついたから。

次弟の爽やかな好青年の笑顔は男の自分から見ても好印象で。

その笑顔には頬を染めて何かを言っている。

隠れる必要などなかったはずだが気がつけば長身を折って植え込みの影にいた。

「・・・・って・・・ですって」

「へぇ。じゃあ好き?」

好き!?

何が!?

ここに魔導装置聞き耳ズッキーンがないことが悔やまれた。

あれは使った後、鼓膜がズキズキ痛むが使ってでも聞く価値はあったはずだと思いながら耳を澄ます。

「あなた・・・・・が・・・私は大好きなの・・・・・・・・」

「俺も好きだよ」

聞くんじゃなかった!!

何が悲しいって自分の間の悪さだ。

彼女が誰を好きでも自分にとやかく言う資格も権利もないしあるわけがない。

しかしできるならこんな弱った状態で聞きたくなかったとよろよろと執務室へと戻って聞き耳ズッキーンを使ってもないのにズキズキ痛む胸を撫でた。

「無駄になってしまったな」

小脇に抱えた砂熊は本当ならへの贈り物に出来ればと考えていたのだが。

「グウェン?いないのー?」

ひょこりと扉の影から顔を覗かせたのは自分をどん底に落としてくれた張本人。

恋と絶望という落とし穴に同一人物に落とされてしまって溜息しかでない。

「何?私、来ちゃいけなかった?」

慌てて出て行こうとする彼女を引き止めた。

「何か用があったのだろう?」

勝手に失恋したからと言って理不尽な態度に出れるほど若くもなく。

小さくて可愛らしいものに酷くも出来ない。

少しの沈黙の後、会話の口火を切ったのは相手だった。

「あの・・・・仕事が忙しいのは見てわかるし、知ってるんだけど・・・」

俯いた表示用がどうだかわからないが耳は真っ赤だ。

「その、グウェンの気晴らしも兼ねてよかったら遠乗りでも」

行かない?

見上げてくる眼差しにズキンと痛む。

何か言わねばと止まりかけの思考をフル稼働して口を突いた言葉。

「私と行くよりコンラートとの方が楽しいのではないか」

「コンラッド?」

何で?という表情に当て擦りめいた言葉を吐いた自分が情けない。

「いや、なんでもない。私は忙しい。他の誰かと行けばいい」

「あ・・・。そうだよね。ごめん、邪魔しちゃって」

震えるような声に顔を上げたがその時にはは扉を閉ざしてバタバタと駆け去る足音が遠くなっていくのが聞こえた。

「なぁ、最近元気ないよな?」

隣でぼーっと書類を眺めているだけの新米魔王はそう言った。

彼は自分に対する好意に鈍いわりに大事なものは見逃さない。

何がだと見やればうー、あーとか唸ってる。

「だからさーだって。いつもは物凄く綺麗だなーって思う笑顔なのに最近はあれっ?って感じなんだよ」

あー、上手く言えないやというユーリは髪を苛立ったのか掻き毟った。

「私が知るわけないだろう」

普段の声と変わらなかったはずだ。

変わらない声を出せたはず。

「コンラートにでも聞けばいい」

あいつなら何か知っているだろうと言えば何処か驚いているようなユーリの姿。

「あー、うん。一つ聞きたいんだけど・・」

「何だ?」

「何で泣きそうな表情してんの?」

そう言われて言葉を失った。

書類を全て一人で片付けたいかと脅して魔王を追い出し溜息を吐く。

泣きそう?

誰が泣くか。

やけに長い溜息を吐いた後、やる気も失せてもう一度溜息を吐いた。





















「喧嘩でもしたのかって皆心配してる」

コンコンと入った後の癖に扉を叩いた相手に視線も向けずに答えた。

「誰とだ」

「グウェンと

きっとしょうがないなあというような表情をしている事が見なくてもわかった。

「別に喧嘩などしていない」

本当のことを言えば沈黙が帰ってくる。

「グウェンダルは喧嘩のつもりがないなら次はきっとグウェンがを苛めてるって噂が流れるな」

「なっ!?」

どうしてそうなる!と顔を上げれば想像とは別の厳しい表情のコンラートがいた。

「泣いてたみたいだぞ」

キラリと銀の欠片が散った瞳が濃くなる時は危険信号だ。

本気で怒っている表情と言われた台詞に少しだけ焦る。

「泣いて・・・?私は別に何も酷いことを言った覚えはないぞ!!」

「じゃあ最後に会ったのは?」

「・・・先週馬で遠乗りに誘われたのが最後だが」

考えるように顎に手をやったコンラートは暫し後に聞いてきた。

「なんて話した?」

「・・・私は忙しいから遠乗りならコンラートと行けと・・・」

本人を目の前にして言うのはとても癪だが無実は証明しなければならないと思い口にした。

泣きそうだったのは自分だとはとてもいえないが。

苦々しく告げたその言葉は多分声色ともなって現れたはずだ。

「そんなことを言ったのか?」

怒りは消えたようだが呆れたという口調にムッとする。

「私よりあれはお前の方が"大好き"らしいからな」

『あなた・・・・・が・・・私は大好きなの・・・・・・・・』

『俺も好きだよ』

耳にした思い出したくない言葉がリフレインする。

「何か勘違いしているみたいだけど・・・なるほど。グウェンダル、今のままじゃ本当にを苛めてることになるぞ?」

何か思うところがあるのかと聞けば聞き返された。

「どうせ中庭の会話を聞いたんだろうけど。ちゃんと本人になんと言ったか聞くんだな」

「・・・わかった。は?」

「部屋に篭ってるよ」

これ以上口を割りそうにない弟に送り出されたグウェンダルは重い足取りで彼女の部屋へと向かったのだった。





























コンコン

「入るぞ」

返事のない部屋に入ったら寝台の上に一人分の膨らみがあった。

、私だ・・・グウェンダルだが」

ぴくりとかすかに布団が揺れたが少女が出てくることはなかった。

寝台を見下ろす形になる位置まで近寄ると口を開いた。

「なんでも気分が悪いと聞いたが大丈夫か?」

「・・・・・・」

沈黙で返されてしまってやはり原因は自分なのだろうかと思う。

「コンラッドに聞いた。泣いてたらしいが・・・私の何処が気に入らなかったのか教えて欲しい」

「・・・グウェンは悪くないよ」

ぽつりと小さいが返事が返ってきたことに安堵する。

「知らずに傷つけてたならすまない。それと一つ聞きたいことがある・・・・その・・・・」

言いたい事、聞きたい事は一つなのに中々口から出てきてはくれない。

彼女の、の返事が聞くのを怖いと思っているから。

「あの日、聞くつもりはなかったのだが・・・がコンラートに言っていた言葉を聞いてしまった」

ビクンと大きく布団が揺れた。

ちなみに途中まで魔導装置聞き耳ズッキーンがあればいいのにと思っていたことなんかは忘却の彼方、である。

「・・・お前がコンラートを好きというのもよくわかる。確かにあれはいい男だ・・・」

続けて言おうとしていたら布団から少女が飛び出してきた。

「ちょ・・ちょっ・・ちょっと待って!?何で?私がコンラッドを・・・好き?」

真っ赤な泣き腫らした瞳の少女に胸があの日のようにツキンと痛んだ。

「ああ。隠さなくても良い。聞いてしまったのだからな。コンラートに好きだ、いや大好きだというお前の声も俺も好きだと返事するコンラートの声も」

『あなた・・・・・が・・・私は大好きなの・・・・・・・・』

『俺も好きだよ』

思い出すだけで苦しくなる。

「だから違うのっ!あれは・・・・あなたのお兄さんがグウェンが私は大好きって言ったの!!」

「そうか・・・・今、なんと?」

茫然自失と言ったヴォルテール卿を前には布団に包まったまま見上げて言った。

「私はコンラッドじゃなくて貴方が好きなの、グウェンダル」

涙で潤んだ瞳に少し赤い頬。

上目遣いで告白されてしかもその相手は想い人であればいくらグウェンダルでもひとたまりもない。

「・・・そのあの日はコンラートに嫉妬したようだ・・・すまなかった」

私も愛していると照れながら囁いたグウェンダルに少女が遠乗りに連れてってねと約束を強請るのはもう少し後の話。

今日も眞魔国は平和である。