「グウェンダルの馬鹿っ!」

ばちこーん

その日、眞魔国に一発のいい音が響き渡った。




















「・・・・・・・・グウェン?その、・・・どうしたか聞いてもいいかな?」

笑いを含んだようなすぐ下の弟の問いにグウェンダルは深い皺をさらに深めた。

「・・・・・・・だ」

ぽそっと呟かれたのは長兄の婚約者でとても魅力的な少女の名前。

「やっぱり」

しまった、と思ったがグウェンダルの不機嫌度が上がってしまったようだ。

「いや、グウェンダルにそんな見事な平手をつけて大丈夫な人間なんて限られてくるからね」

彼のウィークポイントは小さくて可愛いモノ。

人でも物でも。

意外に可愛らしいもの好きの彼の天敵は毒女アニシナか婚約者のの涙かグレタのどうして?攻撃だろう。

だめだ、笑いが抑えきれない。

「ウェラー卿、用事がないなら魔王陛下のお守りでもしていたらどうだ」

「そうだな。陛下の勉強が終わった頃だろうしキャッチボールにでも誘ってみるよ」

いい口実だと逃げ出した。

勿論これだけは言っておく。

「その前に、早く仲直りしないならは俺が貰うよ」

にっこりと笑って扉を閉める。

きっと今頃だらだらと冷や汗をじっとり掻いているに違いない長兄を思って抑えていた笑いを漏らしたのだった。



















「やばいぞ・・・・やばすぎだ」

ぶつぶつと呟きながらざっと見た書類に決済印とサインをしていく。

大事な書類は横に重ねて決済済みの細々した書類の束が積み重なっていく。

「隣の家の木が邪魔だと・・・・」

隣の家の人間に枝切り鋏でも送ってやれ!!

そう書いてしまいたいがぐっと堪えて民事裁判を起こす前にまずはアニシナに相談しろと書いてやる。

小さな揉め事は大体これで丸くなる。

毒女が役に立つのはこの位かと溜息を吐いたのはざっと数十年前だが今は感謝しても足りない。

特にユーリ魔王陛下が作ったご意見箱なんていうものを作ってからは特にだ。

その分、民の不満を直に聞く機会も増えたが。

最後の一枚を見終わると椅子から腰を上げた。

左頬に平手打ちを食らったのは二回目だがその感情はとてもかけ離れている。

打たれた時の熱は引いたがあの時の瞳に溜まっていた涙を見てしまった時の胸の痛みは増すばかりだ。

「コンラッドに奪われてたまるか」

兄という立場から見ても弟の魅力は理解できる。

今はまだユーリの保護者という立場でいるが本気を出されては困るというのが本音だ。

「とにかく城へ帰らねば」

慌てて荷を纏めるとフォンヴォルテール城へ向けて馬をとばしたのだった。






















「グウェンの馬鹿っ・・・」

主寝室でしくしくと泣く少女はこの城の主の婚約者で召使い達としてはやっと閣下に咲いた毒女以外の恋の花!?と諸手を上げて歓迎している相手。

なので動揺もしていて。

「グウェンダル閣下は何をなさっているんだ?」

「なんでも隠し子がばれたとか・・・」

無責任な噂が城中を駆け巡っていた。

「すまないが馬を頼む」

城主が帰還したのはが駆け込んでからユーリのデジタル時計では約五時間たった頃。

「人払いをしていてくれ」

その言葉にほっと人々は息をついたのだった。

コンコン

「入るぞ」

自分の部屋なのだが中に閉じこもったままという様子を聞いて慌てるのをあえて押さえ込む。

?」

部屋の中は灯りもつけず薄暗い。

灯りをつけてもう一度覗いて見れば寝台の上に蹲っている人影。

?」

恐々と覗き込む。

グウェンダルが怖いと思うのはこんな時だ。

愛しい人を守れずに傷つけてしまう事。

大嫌いと言われたらと竦む大きく成長した体を折り曲げて覗き込む。

・・・・寝ているのか?」

頬には幾筋か涙の流れた痕。

そっと撫でるとゆっくりと開く瞼。

「・・・・グウェン、仕事は?」

「大方、終わった」

「・・・・ごめんなさい」

真っ先に駆けつけなかった婚約者を怒る所か謝る少女にすまないと囁く。

「すぐに引き止めなくて不安にさせた」

「・・・・・うん」

こくりと頷く所も小動物のようで可愛らしい。

身体を硬くして自分を怖がっているように見えなければと付け足す。

「どうしていきなりあんな事を言ったのだ?」

『グウェンは私よりユーリの方が好きなんでしょう!?』

朝に投げつけられた言葉の真意が知りたい。

「だってユーリは・・陛下はあんなに可愛らしいしそれにグレタがヒューブさんの奥さんに聞いたって」

ヒューブって貴方の親戚の人なんでしょう?

その人の奥さんの言葉だから・・・とは俯く。

「誤解だ」

きっぱりとしっかり否定する。

「本当?じゃあ、アニシナとヨザックはどっちが好き?」

「なんだ!?」

いきなりな質問に聞き返せばじわっと浮かぶ涙に慌てる。

「そ・・そそれはだなっ・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

じわじわとグウェンダルの額に浮かぶ冷や汗。

アニシナと言って毒女に魂を売り渡すかヨザックと言って閣下ったら私に惚れたらやーよ、グリ江困っちゃうと言われるか。

究極の選択だ。

『1か10しかないの?俺だったら0だったり7だったりもっと違う答えを探すよ?』

戦争をするかしないかと言った時のユーリの言葉が浮かんだ。

が好きだ」

「・・・・・・・答えになってないよ」

間違ったかと思ったが身体に廻された腕に許されたのだと知る。

は私をどう思っている?」

ちゅっと口唇を落とすと塩辛い味がした。

「大好き」

そっと囁かれてごめんねと頬を撫でられる。

「まあ・・・二回目の婚約と思えばいい」

「じゃあ左じゃなくて右頬叩けばよかった」

くすくすと笑う小さな身体を抱きしめる。

「すまないが少し仮眠をとっても構わないか?」

「うん。私は他の部屋に行こうか?」

きゅっと抜け出そうとした身体を抱きしめた。

「このままでいてくれ」

仲直りをしたという安心とここ数日の睡眠不足からグウェンダルはすぐに眠りに堕ちていった。

翌日、城中に広がった祝・床入りの噂にグウェンダルが怒鳴ったとか怒鳴らなかったとかという報告が血盟城に入ったのは午後のことである。