「毒女になりたい!?」
癒し系美人な少女の言葉にユーリはなんてこったいと天を見上げた。
「グレタが毒女に憧れていたのはわかるけどなー」
でも父親としては愛娘の将来が毒女ってどうよ!?
でもでもっ!!
娘の将来を勝手に決める父親なんてキラーイって言われたら・・・・。
今にも泣きそうなユーリの前に呆れていたコンラッドが進み出た。
「まあまあ陛下、それは親心ってものですよ。それより、グウェンダルに毒女が好みか聞いたのかい?」
「ううん、聞いてないけど」
やっぱりねとコンラッドは苦笑した。
きっと首が取れそうな勢いで首振りマシーンになることが予想できる。
「どうせなら本人確認を取ってから毒女を目指せばいい」
「なっ!コンラッド!!」
慌てるユーリと裏腹にはすっきりとした表情だ。
「そうね・・・グウェンダルに聞いてくるっ」
嵐のように走り去った後姿にこっそり見ていたヴォルテール城に仕える者たちは安堵の溜息をついて頑張れ、閣下とエールを送ったのだった。
「くっ・・・何故こんなに関係ない書類が・・」
本来なら血盟城にあるべき書類の数々がどっさりと山済みにされていてつい苦々しい声が漏れた。
大体王佐の仕事だろうと当代魔王陛下の印を半ばやけっぱちでリズミカルに押しているとノックが聞こえた。
「開いている」
また書類を持ってきたのではないだろうなと思うと口調も自然と苦々しいものになる。
「あの、お邪魔でしたか?」
その声にはっと顔を上げれば密かに想っている人がいた。
「いや・・・大丈夫だ」
頭の中では書類に掛かる時間を計算している。
明日に回してもなんとかなる、というかなんとかする。
そう決めて机から立ち上がって扉の辺りで立ちすくむに声を掛けた。
「用があるのだろう?ちょうど仕事も終わったところだ」
嘘をつくには多すぎる書類の山だったがなんとか納得してくれたらしい。
ソファーで向かい合って座っているとあのっと声を掛けられる。
上擦っている声にどうしたのかと眉が顰められた。
「グウェンダルの好きな女性って気の強い人なんですよね?」
「・・・・・・・は?」
いきなりな言葉に間抜けな声しかでなかった。
「ギュンターに聞いたんです。グウェンダルの恋愛を紐解けば気の強い人ばかりって」
「・・・・・・・(何故そんなものを紐解く必要があるっ!)」
ここにはいない双黒フェチな王佐に心の中で怒鳴りつけて目の前の少女を見て困る。
いつもより潤んだ瞳で上目遣い。
「・・・・・・・馬鹿なことを」
ダラダラと冷や汗じみたものが出る。
上目遣いに鼻血まで出そうだったなんてとても言えない。
緩みそうな口元を大きな手で隠して無難であろう一言を口にした。
「・・・・・馬鹿なこと・・・ですか・・」
脳内にあった引き出しから慌てて取り出した返答はどうも無難ではなかったらしい。
しょんぼりと項垂れる様は小動物よりも可愛らしい。
グウェンダルは誘惑に負けて腰掛けているソファーの隣へと腰を下ろす。
「ではなくギュンターのことだ」
勘違いするなと言えばほっとした笑顔に頭を撫でてみる。
サラサラな髪が気持ちいい。
「もう一ついいですか?」
「まだあるのか」
グウェンダルの中ではもうプロポーズ寸前だ。
邪魔が入らないうちに左頬を打ってみようかと考えていたのだが。
「グウェンダルの好きなタイプって毒女なんですか?」
首を傾げて尋ねる無垢な瞳にできるなら縦に首を振ってやりたい。
どんな我儘だろうと聞いてやりたいと思える可愛さだが・・・・・。
「違う」
間髪入れずに否定する。
可愛らしさも保身には叶わなかったとみえる。
「アニシナのこと好きなんでしょう?」
「・・・!」
雷が落ちた様な衝撃を受ける。
何故私がどうしてあのマッドマジカリスト赤の魔女毒女アニシナに惚れてなければならないのだろう。
目の前にいる想い人はそんなグウェンダルの葛藤すら気がついてないようでちょっとだけグウェンダルは泣きたくなった。
「あー・・あれは幼馴染で小さくて見目が良いのは認めるが惚れてなどない!!」
扉の向こうでしっかり否定した主に部下一同がこっそり拍手していたのは言うまでもない。
「え・・・じゃあ私、毒女にならなくてもいいんだ」
「は?」
ぽつりと呟かれた言葉の真相を聞こうと口を開く。
その瞬間。
ガタッ
「グウェンダルっ!わたくしの新しい魔導装置が出来ました。もにたあしますよ」
脳内の引き出しではなく執務机の引き出しから出てきたのは毒女。
もにたあの了解をいいですか、いいですねと一人で認証済みで。
グウェンダルの疑問は宙ぶらりんと見事に空に浮いてしまってる。
「あ、私用事を思い出しました」
失礼しますねと去る後姿をアニシナに首根っこを掴まれたままグウェンダルは見送ったのである。
「今回もやっぱり無理でしたね」
「何が?っていうかコンラートその大量のお金どうしたの?」
こっそり覘いていた魔王陛下とその名付け親は一先ず毒女が増えなかった事に安堵したのだった。