「すき、きらい、すき、きらい、すき・・・・」

ぷるぷると手が震えた。

どうみても、どうみても・・・・・残った一枚。

「・・・・・きらい・・なのか・・・」

はぁぁぁぁぁぁ

地より響くような重く低い溜息が部屋へとこだましたのだった。
















フォンヴォルテール卿グウェンダルはいい男だ。

血盟城とヴォルテール城に勤める兵士達は挙って口を揃えるだろう。

彼は長身で脚も長く男前で声も腰にクル低音ボイスだ。

ややキツイ視線も眉間に刻まれた皺も睨まれたら女性はくらりと来るような渋さである。

しかも彼は十貴族の出であり前魔王陛下の子息だ。

ブルジョアジーというかセレビリィティーの塊でもある。

国と魔族の民を第一に考える仕事のできる男。

それがグウェンダルという男だ。

彼がいてくれることを眞王に感謝せずにはいられない。

そして彼の趣味があみぐるみだろうと小さくて可愛らしいものにめっぽう弱くとも目を瞑ってしまうくらいには兵士達は心酔していた。

魔王陛下の次くらいには。

そんな彼にもようやく遅い春が来た。

遅いというかツェリ様の息子としてはどうよ!?なくらいの遅れっぷりだが。

なので兵士の一人は扉から漏れ出る声に聞こえない振りをし続けた。

なんというか・・・・ちょっぴり可哀想だったからというのが兵士Aのコメントである。
















「グウェンダルってば人の前で厭味のように花占いしないで頂戴!」

鬱陶しいとばかりに文句をつけたのは本を読んでいたユウコである。

彼女こそグウェンの遅い春の相手であり婚約者であった。

「放っておいてくれ」

何処かイジけた様子で再び花瓶から花を一本抜き取ってすき、きらいと呟き出した。

「全く、塵にしちゃった花びらはちゃんとゴミ箱に入れなさいよね」

そう言うと少女は言われたとおりグウェンを放って読書を続けた。

堪らないのはグウェンダルである。

「・・・放っておくのか」

ぽつりと呟かれた言葉は女々しいがどこか寂しげでしゅんと萎れた尻尾が見えそうでもある。

「放っておけといったのはグウェン。花占いするならギュンターの鼻汁占いしたら」

有効活用じゃないというユウコにクッと視線を逸らす。

口で勝てるはずなどないが負け続けている現実に自分ばかりが好きな気がして時々酷く辛くなる。

「大体、グウェンだってお仕事忙しい時は構ってくれないでしょう?」

いつの間にか側に来た少女は全くと言いながらグウェンダルの手にあった花を抜き取り花瓶へ戻した。

「好きか嫌いかなんて私に聞けばいいのに。折角のお休みなのにずっとそんなことしとくの?」

覗き込んだ黒い瞳にグウェンは吸い込まれるような気さえした。

魔族が好む漆黒は何処までも美しい純粋の黒。

「花に浮気ばかりしとくなら私はヴォルフ達と遊んでくるわよ?」

そう口では言いながらゆっくりとグウェンの首に回される腕。

「・・・私の側にいてくれ」

「嫌いなら一緒にいないから安心して」

好きという言葉はユウコから簡単に貰えなかったのだけどその翌日ご機嫌な閣下の姿に兵士一同ほっと胸を撫で下ろしたのであった。