それは忌まわしき思い出だ。




















「今日は六月の第三日曜でしょう?」

カレンダーとやらを捲りながら婚約者の少女は細い指を滑らせた。

細部まで緻密に作り上げられた芸術品のようだとその黒い瞳と黒髪を眺めながら頷く。

「ああ、だがそれがとうかしたのか?」

何か向こうに用事でも?と言いかけてやめる。

は先ほどヴォルテール城の厨の甕に到着したばかりですぐに帰って欲しくなどなかったから。

向こうの世界の生活もあるのだろうと思って呼び出すのは一月の半ばからと決めていた。

なんでも向こうの時間は此処、眞魔国に来た時は止まっているらしいのだがそれ以外は並行して動いているらしい。

信じられない話だが体験している本人の言葉を信じている。

あの純粋な眼差しで嘘などつける者がいない、と可愛い物好きの勘が告げていた。

「んー・・・向こうじゃ父の日だなって思って」

「・・・父の日・・・だと!?」

忌まわしい、忌まわしすぎる記憶が浮上する。

こんなものこそ箱に詰めて鍵を掛けておきたかったと深く深く溜息を吐いたのだった。




























「ねえねえ、グウェン?」

「どうした?」

数十枚の書類に目を通す最中だがうきうきと告げる声に邪魔などではないと笑いかけてやる。

そうしないとこの少女は気を使って他の者へと駆け寄るだろう。

小さくて可愛いものからの愛情や好意には敏感なグウェンダルはそっとペンを置くと手招きした。

「お仕事の邪魔してごめんね?あのねー今日は父の日なのー」

「乳の日?」

浮かんだのは牛の乳愛飲週間だったかという疑問。

確かそれはもう少し先立ったような・・・・。

「うん!お父さんの日だよー」

此処でようやくチチはチチでもチチ違いだったと気付く。

「そうか。母の日もあるというのだからいいのではないか?」

ちなみにハハの日は最初は笑って癌を撲滅日だったろうかとかキシリトールの日(HAHAHA)だったかなんて思ったのは内緒だ。

「でね。のパパは向こうだからこっちでご苦労様できないでしょ?だからグウェンに用意したのー」

にっこり。

「・・・そうか。すまない」

感動で言葉がない。

娘が出来たらこんな感じだろうかとちょっとだけドキっとしてしまった。

まあ生むのは目の前の少女で多分何十年か先の話だろうが。

いくら小さくて可愛いものが好きだといってもこんな幼女には無理だ。

余計な思考を振り払えば原因のは手に持っている。

「これグウェンにプレゼントー!!」

はい、どーぞと手渡されたのは紙のようだった。

筒状になっているものを開けば子供らしいカラフルな色使いの絵。

よくよく見れば描かれているのは自分のようだった。

端には小さく大好きなグウェンへとサイン入り。

じーん。

大切にせねばと自室の何処に飾ろうかとシュミレーション。

よし、あの真ん中にしよう。

「・・・こんなに上手く書いてもらえて光栄だ」

「グウェンもっとカッコいいよ?」

大好きーと小さな身体で抱きつかれて堪らなく幸せとはこういう暖かさなのだなと思う。

「次見て見てー」

「次?」

まだあったのかと期待しながら視線を落とした瞬間、我が目を疑った。

「・・・・・・・これは・・・・」

「んっとねー・・・赤い髪の美人さんが『父の日などというものはコレがいいでしょう!』ってくれたのー」

アニシナだ。

アニシナしかいない。

「『子供のために命を掛けて生命・・・もとい魔力を売る、生命150年ローン。利子は貴方のお気持ちで』なら子供も

不甲斐ない父親ぽっくりが死んでも大金がっぽりでちゃんと母親と生きていけるのです!」

ってという言葉にこれが噂の魔力貯金かと発明装置を見つめた。

自分はまだもにたあしていないから多分試作段階か。

一緒につけられた紙には死んだ場合の報酬受取人欄と生死に文句は言えませんという項目がある。

「・・・嬉しくない?」

「う、ううう嬉しいとも!!」

捨てられた子犬のような眼差しで見上げられたら嬉しくないなんてとても言えない。

結婚届や離婚届、もしくは借金の保証人にサインするよりも手が震えただろう。

自分は今、この少女を喜ばすためだけに自分への死刑台送りの書類へサインをしているのだ。

「くっ・・・男は愛嬌だ!!」

いつもより書きなぐってサインすればとても嬉しそうで少しだけ心が慰められる。

「あっと・・・これ持って行ったらもにたあ?とかいうののお試しが出来るんだって!!」

「え?あ、ちょっ・・うわっ・・っ!!」

走り去った後姿に椅子から転がり落ちて床に這い蹲りながら婚約者の少女を呼ぶが姿はもうなく。

後々十枚つづりで送られてきたもにたあ券をきっちり使わなければならない羽目になったのだった。



















「父の日かあ・・・」

「私には何もしなくていいぞ」

忌まわしい記憶に蓋をして先に言う。

「は?グウェンに?なんで私がグウェンに父の日祝うの?」

あっさりと否定されて少しだけ傷つく。

「・・・いや、なんでもない」

「グレタとかギーゼラにも教えようと思うけど・・・グウェン、そんなに祝って欲しかったらもう少し経つまで待つことね」

それか誰かに生んでもらう?ヨザックとかという言葉にいくら優秀な部下とはいえ可能不可能は存在するしと答えた。

「私が欲しいのはとの子供だからな、多分」

忌まわしい思い出も捨て去れないのは目の前の少女とのことだから。

「ギャー!!グウェンが壊れたー!!」

少女の悲鳴にその日がまだまだ遠いことを実感したグウェンダルだった。