「ねえ。王子様が沢山結婚してって言ったらアナタならどうするかしら」
くすくすと笑いながらその美しい人は楽しげに笑ってた。
「えーっとね、・・・・わかんない!」
あっさりと降参したのは好きという感情がよくわからなかったから。
選ぶ必要もなかった幼い頃。
第一、結婚という仕組みさえきっと理解してなかった幼い頃だ。
「いーい?此処に聞けばいいの」
トンっと美しく染められた爪の先が胸を突付く。
「その人を思うと苦しくて切なくなったり幸せで笑いたくなったりほんわか温かくなるの」
それが正解。
幼い日の助言は今でも心に残ってる。
暖かい水、というかお湯・・・つまりお風呂につかること数分。
何とか自分を取り戻すことに成功した・・・・・はず。
なんで自分の家の洗濯機に流されたのか、しかも流された先がホースや水道管の先の先の近所の川とか下水道、海ですらなくて。
「プール風大浴場だとしてもね」
落ち着いてきたら纏わりつく服が気持ち悪いことに気がついた。
出かけることにしていたから結構着込んだしなとじゃばじゃばお湯を掻き分けながら進んで淵にある階段を利用してお湯から出た。
「うー・・・ちょっと寒いな」
濡れた服だと尚更寒いのかなと思いつつ幾つかある扉の一つをセレクトする。
君に決めた!
理由は単に自分から一番近かったせいだ。
あと数歩、の所で扉が開いた。
・・・・・あれ?
私まだ扉開けてないんですけど。
手すら伸ばしたって扉に届かないだろう位置。
現れたのは半裸の男の人。
・・・・・・・男!?
「・・・・・ギャアー」
色っぽい悲鳴なんて挙げれなかった。
キャアなんて可愛い悲鳴は咄嗟には無理!
しかも怪我しないようにソファーある場所で倒れるのはもっと無理!
悲鳴を挙げた途端ずるりと濡れた靴下とタイルが相性よすぎて滑りやがった。
タイルで後頭部強打!と思わず目を瞑った。
「・ん?・・・・痛く・・・・ない?」
いつまでも訪れない衝撃に恐々と瞼を開ければ裸の胸が目の前だった。
「ギャー!!」
バッチーン!
思わず右手がクリティカルヒットして見知らぬ男性の左頬に見事命中。
「×××××××っ!」
誰かの声が遠くで聞こえた。
目が覚めたのにまだ夢の中だった。
「あははー長い夢よねー。洗濯機から流されてスタツアして裸の男の人に抱きしめられてその上こんなベッドで起きる夢とはー」
頬を抓っても目が覚めない。
きっと寝ながら頬を抓っているんだと現実逃避。
しかしよくできた夢だなと恐々とベッドというのも恐ろしいような大きな寝台を見下ろす。
ヨーロッパの貴族が好んだようなゴージャスさだ。
「ヨーロッパ!?」
確かに窓の外にはなんだか凄い町並みが広がっている。
城下町っぽい感じがするのは気のせいではないはずだ。
けれども私は自宅の洗濯機に流されたのであって外国のヒースロー空港とかシャルル・ド・ゴール空港とかにいたわけでもなかったはず。
しかし目の前にはハイジの世界が広がってる。
アルプスってスイスだっけ。
雄大な風景が目の前に鎮座している。
そう思ったのはいつの間にか大きな寝台の上で自分が正座していたせいかもしれない。
この夢はラブ・アクチュアリー見すぎたせいか!
せめて日本人らしく銭湯の壁の絵と夢の中の風景は富士山程度にしてて欲しい。
エレベストがどんなに世界一だとしても富士山の優美さには勝てまいと思うのはきっと日本人なりの愛国心だ。
「・・・・・・・!」
「あ、こんにちはー」
「××××××!」
「え・・・なんで伏字!?そんな禁止用語を話してるってこと?って英語じゃないみたいだし」
いきなり出会った運命の人――――ではなく現地の人で多分メイドさん、は禁句連発って事だろうか。
いやでも本物のメイドさんって初めて見たーと変に感激していたのだが。
「えーと・・グーテンターク?モーゲーンスターン?ナマステー!」
なんだか最後だけ間違った気がするのは気のせいだろうか。
「ナマステー!」
「え!?ここってヨーロッパじゃなくって本当はインド!?」
金髪少女からナマステ返しされるとは思わなかったから思わず目が点。
その後よくわからないけど手招きされて何処かに連れて行かれる様子。
服が乾いているのだけが唯一の救い。
「大使館で密入国なんて羽目になりませんように」
そんな夢はごめんだと思いつつ信じてもない神様にアーメンと十字を切って祈ってしまったのだった。
案内されたのはお城の中のようだった。
テーマパークにしたら地味目な城は絢爛豪華というより質素系。
質実剛健って感じで。
所々絢爛豪華な所もあったけど、土産物屋がないからテーマパーク案却下。
気持ちよくお金を使わせるのがテーマパークの第一使命。
JRとかあったらなー。
駅前留学するんだけれど。
城内ミステリーツアーは夢の中でも強制実行中。
不思議発見でスーパーヒ○シ君を賭けてみたい。
「×××××ッ」
キラキラーって星が見えた。
幻覚?
金髪天使ちゃんが私を指差して怒鳴ってる?
多分「コイツは何者だ!」とか?
隣に立っている人を見て思考が止まる。
「・・・・・・・・・・すごい」
灰色の髪はさらりと長く瞳は麗しい紫色。
その麗しい瞳が潤んでいるのはどうしてだろう。
美人さんナンバーワン。
ナンバーハーフじゃないよねと男の人らしいから要チェック!
夢の中でもこんな美人さんは初めてだろう。
「×××××××××××××、×××××××ッ」
美人の伏字はいかがわしい。
滔々と何かを喋ってる声すら美麗。
「でもわかんないけどね」
「×××××××」
好みの低音ボイスに振り向けば帝王がいた。
夜の帝王だかゴットファーザーだかは不明。
後ろにいたのは帝王のような風貌でどんな美女にも陥落しそうにない男。
眉間の皺が機嫌の悪さを示してる。
不快指数急上昇?
「こんにちは?」
日本人得意技曖昧な微笑Lv.3を繰り出してみる。
・・・・・・・・・・・・眉間の皺が一本増えた。
お友達になって?と差し出した右手をハエタタキで叩き落された気分だ。
言葉の壁はなかなか厚い。
しかしその左頬には見事に咲いた紅葉の痕。
何処の女の人を泣かせたのかしらと勘ぐりたくなってふと思考が止まった。
・・・・・・あれ?私・・・・・・誰かを右手でスパーンって叩いたような・・・・。
バァン!!
大音量が大広間に響き渡る。
入ってきたのは小柄な美人さんだった。
赤い髪を靡かせて入ってくる様はなかなか凛々しい。
天使君と美人さんはさっと低音ボイスの彼の背中へささっと隠れた。
「×××××!××××××××××××××ッ!」
何やら怒っている様子。
くるりと振り向いてにこりと微笑まれた。
「こんにちは」
一応挨拶すると差し出されたのはお皿。
その上に乗っているのは黒白のストライプのアーモンドのようなもの。
「こ・・これは!私の嫌いなとっとこ君が好きな!?」
食べろと言っているのだろうかと見ればぐいと押し付けられた。
もう食べるしかないらしい。
死ぬわけないし・・・ひまわりの種くらいなら。
下剤になるのは朝顔の種だったし。
「×××××っ!」
低音ボイスで怒鳴られた後の記憶はあいにくない。
覚えているのは慌てて差し延ばされた誰かの腕が視界の端にちらりと見えたこと。
最後に見えた深い青の瞳に溺れるように私は意識を沈めていった。