くすりとその美しい人は笑う。
「お月さまが欲しいの?」
「うん。でもむりだっていうの・・・」
こくりと頷いた私の頬を柔らかくて優しい手のひらが包み込む。
じわりと滲んだ視界にその人は変わらず綺麗に映る。
「そうね、でもいつかアナタの願い事を叶えてくれる人が現れるかもしれないわ」
「いつか?いまじゃなくて?」
無理だと言われなかった事に瞳を輝かせたあの日。
「わからないわ。今日かもしれないし明日かも知れないしずっとずっと未来かも知れない」
遠い瞳をしたその人は消えてしまいそうな儚い美しさで慌ててきゅっと指先をつかんだ。
「月さえ、世界さえアナタのために手に入れてくれる人、世界を輝かせてくれるたった一人の人がきっといるわ」
その言葉は何処か自信に満ち溢れていて滲んだ涙を吹き飛ばす力を持っていた。
「さてまずは何が聞きたい」
ヴォルフラムの化粧品・・・と言いかけて、優雅なまでに椅子に腰掛け長い脚を組んだ様子に悪態を心の中でついた。
くっそー・・・カッコいいぞ。このやろー。
・・・・悪態にすらなってない。
「私のことをなんで知っているの?その・・グウェンダルさん」
「グウェンダルでいい。そうだな、まずお前は私のことをグウェンと呼んでいた」
「嘘!?」
「嘘をついてどうする?」
「ごもっとも」
不機嫌そうに眉を顰められてしゅんとすれば些か表情が柔らかくなる。
それだけで少しだが空気さえ変わる気がした。
「お前はある日突然現れてな。双黒を持つ者だからと保護を受けることとなった」
「双黒って珍しいの?」
「ああ、しかも他国・・人間の国では煎じれば薬になるなどと流言がある」
煎じられる!?
ヤモリの黒焼きと同レベルかと思ったのは内緒だ。
しかしここは要チェック。
双黒は保護対象。
絶滅危惧種並みっと。
イリオモテヤマネコやヤンバルクイナ、トキと同レベルと思うと情けない気もするが。
テストには出ないだろうけれど知識としてインプット。
「え・・ここは魔族の国なんでしょ?私は人間のはずなんだけど」
これまで一度として超能力のスプーン曲げに成功したことはないし神経衰弱は下手だし空だって飛んだことはない。
曲げようとしたスプーンはもげたし神経衰弱はそんな怖いゲームは嫌だと泣いたことはあるし空は夢の中しか飛べない。
しかも低空飛行の夢で最後には必ず墜落していた縁起の悪さ。
「帰れたら両親にでも聞くのだな。まあアニシナの実験体・・・もにたあになるには魔力が必要だから実証はされている」
「う・・・・はい」
アニシナさんの実験には魔力が必要なのかとプチメモ。
ていうかあの薬はやっぱり実験だったのか!!
臨床試験にはまずは動物実験からだろうけれど動物も魔力を持っているのだろうか?
とっとこ君が魔力を持っているとは到底思えないのだが・・・・実験ブツはひまわりの種だし此処は異世界だしなと考えた。
「ヴォルテールで保護することになったのは私の母、ツェッツェーリエ陛下・・今は上王陛下の意向だった」
「え、グウェンダルさん・・・とグウェンダルは王子様だったの!」
「体面的にはそうだが実質には父方の姓を選んだからな。臣下だ」
「ふうん」
詳しい説明は後だと言われて頷く。
政治・経済は何処の国でも難しい。
株取引のインサート取引がようやく知った初心者には他国どころか異世界の国の政治・経済は上級すぎてお手上げだろう。
「は何故だか私を父親のように思っていたらしい」
「え・・・ちょっと待って!でもその時私は何歳!?ていうか婚約は何時したのよ、何時!?」
まさかロリコン・・・と疑惑の満ちた視線で見れば何処か不機嫌そうな顔。
「5、6歳と言っていた。他は自分で思い出せ」
私から言えるかと呟かれた言葉はの耳に届くことなく。
「じゃあ思い出せなくていい!解消!ね、解消しようよ」
婚約を、といえばますます不機嫌そうになるのは男のプライドだろうか?
19才の小娘に婚約解消されたら体面に傷がつくとか!?
そんなちっさいプライドは水洗トイレにでも流してしまえ!!
って此処のトイレ事情は知らないけど。
「・・・・お前が顔を叩く前ならばな」
痛かったぞと言われて泣かされた女の人が自分だったと知る。
平手を食らわしたって事はあの胸の持ち主はグウェンダルだったのか。
「ななななな、なんでっ!」
「この国の貴族の古式ゆかしき作法で婚約を申し込む時は相手の左頬を打つのだ」
そんなセレブの作法は知らなーい!!と大声で叫んでみても自分が寝てる間にグウェンダル閣下の頬の痕は誰もが見ていて。
「・・・好みのタイプだけど・・・タイプなんだけどっ!」
確かに泣かされているなと自分の感想は正しかったと思いつつ、納得できないと悔しがる少女の姿が見られたらしい。