運命のこねこたんだと気がついたのはずっと後のことだった。
グウェンダルは最近癖になりつつある眉間の皺を刻んだままカツカツとブーツを響かせながら廊下を歩いていた。
廊下を歩くより中庭を突っ切った方が早いと判断したグウェンダルは中庭へと降りた。
中庭には手入れがよく行き渡っていて花々も美しく咲き誇っている。
戦時中の荒れようとはやはり違うなと文字を追い続けていた目を休めつつ通り過ぎる。
噴水の横を通った時ふと見慣れないものが視界によぎった。
魔族に尊重される高貴なる色。
黒。
その色を纏って生まれる存在は極めて稀で。
しかしグウェンダルの目の前に芝生の上に転がっている子供はどう見ても黒髪の少女だった。
じっと空を見ている子供はむくりと起きた。
「・・・・・・・・・・」
小さい。
子供だから当たり前だが子供の背丈はグウェンダルの顔を見上げるのに酷く苦労したようで顔を上にして反るようにしていたせいかこてんっと転んでしまった。
「・・・・いた・・いっ・・」
じわり、とその瞳が潤んで泣きそうになるのを見て慌てる。
フォンヴォルテール卿グウェンダル。
彼が小さくて可愛らしいものに弱いのは兵士ならば大抵の者が知っている事実であることは彼だけが知らない。
「大丈夫だ。ここは芝生だし転んでも痛くないはずだ。ほら泣いては駄目だぞ?」
腕を差し出せばこくんと頷いて差し出された紅葉のような小さい手。
「私はグウェンダルだ。お前の母親はどうした?」
くりくりとした大きな瞳はちょっと首を傾げてたどたどしい言葉を喋った。
「・・お空・・・・・落ちちゃったの」
ノイズの混ざるような言葉に違和感を感じる。
身に双黒を纏う者がいきなり現れたことにも疑問が残る。
「これは調べなくてはならんな」
小さな背に手を回して抱え上げた。
「がお前の名前か。良い名だ」
そっと頭を撫でてやると嬉しそうに笑った。
「ぐ・・グウェン・・」
「グウェンダルは言いにくいか。グウェンでいいぞ」
いえるか?といえば舌足らずに発音される。
「グウェン」
「そうだ。偉いな」
グウェンダルの足はを抱えたまま魔王であり母親であるツェリの元へと向かっていたのだった。
「あら、グウェンダル?腕に抱えている子は貴方の子なの?私に知らない間に孫を作っていたなんて〜」
びっくりしたわとあっけらかんと言い放った母親に頭痛がしながらグウェンダルは違いますと訂正した。
「この髪と目を見てください。彼女は・・・空から落ちてきたといってます」
「まあ、綺麗な黒。名前はなんていうの?」
「・・・あなた・・・だぁれ?」
「、この方は私の母上でわが国の魔王陛下だ」
おうさま?と首を傾げながらも聞く子供に頷いてやる。
「ちゃんっていうのね。わたしはフォンシュピッツベーグ・ツィツィーリエっていうの」
「つ・・つぃ・・りえ?」
「ツェリでいいわ」
「、ツェリ様と呼びなさい」
グウェンダルがいうとうんと頷く。
「ツェリさま。きれい」
ね、グウェンというとはグウェンの左頬をぺちりと叩いた。
多分、それは聞いてという仕草の一つだったのだろうけれど。
「あら、婚約かしらね」
グウェンダルは自分の母親の言葉には!?と身体を強張らせた。
「ちゃんはグウェンのこと好きかしら?」
ぱんっと手を叩いてにこにこと聞くツェリにはこくんと頷いた。
「グウェンすきー」
と呟いてその頬にちゅっと口唇を寄せた。
「な・・・なにをっ!!」
正気に戻ったグウェンダルの耳にははるか遠くに聞こえてくる母親の「今日はおめでたいわっ!グウェンダルの婚約が決まったのよ」という声が聞こえた。
「グウェンは・・・・・・のこと嫌い?」
きらいだからおこっているの?と尋ねてくる可愛らしい子供にグウェンダルが冷たく出来るはずもなく嫌いではないと言って後に引けなくなったのは
渋谷ユーリが魔王となるまだ十年近く前の話。