彼は江戸時代とか大正に生まれていたら必殺仕事人か人斬りか道場破りにでもなっていたかもしれない。
























「おはようございます」

人の気配に挨拶してひゅっと飛んできた箸を見つけて指で挟んで止める。

普段なら叩き落しただろうが折角作った朝ごはんを無駄にはしたくない。

「おはよう。今日もは身体の切れが一段といいな!」

「譲さん、私は言ったはずですが」

奈良崎さん、くんでは変だろうと言われて譲さん、と呼び合うことになった。

まだ慣れては居ないのだがこういった突然の襲撃には慣れてしまったようである。

わくわくと瞳を輝かせている彼には馬耳東風。

馬の耳に念仏だが言わないわけにもいくまい。

箸の先を向けて投げてないだけ彼の気遣いを感じ取れないわけではないが。

「手合わせなら仕事の前にしますから物を持っているときは止めて下さい」

とくに割れ物やご飯はといえばニコニコと笑ってる。

「いやいや、君なら大丈夫だろう」

褒められてしまった。

高く評価されているのは嬉しいくないはずはない。

「それでも、です。ご飯食べないのなら次からはご自分で作って下さっても構いませんよ」

「う・・・わかった」

「では、戴きます」

渋々ながら頷いた彼に小さな子みたいと笑ってしまう。

しかし母さんが男は胃袋で釣るものという持論には全くその通りでびっくりですよ。

ぼんやりと考えていれば、手をあわせてから舞うように流れる一連の箸裁きに苦笑する。

演技だけではないと一緒に暮らし始めて思った。

自分の補佐すべき人がどれだけ美しい動きをするか。

殺陣などは希代の名俳優並みだ。

だが困るのは其処。

今まで見ていた仕事の記録を見る限り

「どうしたら表情って上手く出るのかなあ」

学校でお昼休みにもそもそとベンチでご飯を食べていたのだがふと目に入ったのは初々しい恋人達。

「これかも!」

午後の授業が終わった後に慌てて部屋へと帰ったのだった。

「ただいまです!譲さん!!」

着替えもせずにリビングに飛び込めばリュックを背負って登山でも行きそうな格好に出会う。

「・・・は・・・女、だったのか?」

「は・・・えっと・・・」

びっくりした表情もできるんだと思いながら社長の面白いからできるだけ言うなの命令を思い出す。

「変装、です」

騙されるかなあと恐々と見上げればぽかんとしている。

珍しい。

とてつもなく隙だらけ。

「譲さん?一本取っちゃいますよ?」

すっと近づいてぽんぽんと肩を叩けば慌てたように動き出した。

「・・・っ!仕事に行って来る」

「あ、はい。私も着替えたら行きますね」

玄関から出た奈良崎は頭を振ると馬鹿な考えを共に振り払って仕事へと向かったのだった。





















「お仕事ご苦労さまです」

「あ、ああ」

ふいっと顔を反らされた。

初めての時以来だ。

なんでだろう。

「あ、え・・・ええっ!!」

ちゃ・・・・!!」

見知った顔に名前を呼ばれる前に名乗った。

「私は、です。お久しぶりです、えーと」

「藤丸、藤丸豊といいますっ!!」

「あっああ!藤丸さんお久しぶりですっ!!」

後ろから現れた人物に目が点。

「ふ・・・副会ちょ・・・!!」

さんっ!!こっちは僕が担当している葛城・・・」

「葛城涼です」

です」

名刺を渡す。

と藤丸くんは知り合いだったのか」

奈良崎さんがびっくりした口調で言うが藤丸ゆかりちゃんなら同じクラスだ。

しかも合気道の道場も同じだった。

なんといっても父親が親友同士なのだから幼馴染と言えるだろう。

「偶然ですね。私も先日から奈良崎譲のマネージャーになりまして」

にこりと笑えば副会長・・・でなく葛城涼さんが納得したようだった。

「奈良崎さんは藤丸を諦めたのか」

「いや自分は藤丸くんがいい思うのは変わってないぞ」

ん?

「えーと奈良崎さんってなんでゆ・・じゃなかった藤丸さんが?」

「動きがいいからだ。その点ではもなかなかだ」

にこりと笑われてずきりと痛む胸。

代わり、なのか。

「ありがとうございます」

上手く笑えたかはわららない。

そろそろ帰らないと日課の手合わせが出来ませんよと家路についた。
















繰り出された左脚を流して反動で近寄る。

くるりと一回転して体重の乗った右の裏拳を避ける。

手首を押さえて逆に押してバランスを崩した所に膝を入れるが上手くかわされた。

「どうした?いつもより切れがないが」

「別に何も、ありません、よっ!」

なんだかいつもなら冷静に受けているのだが拳が重い気がする。

ギリギリで交わしているとふらりとよろけてしまって隅にやっていたテーブルに足を強打する。

「痛っ」

変な打ち方をしたようで足に体重を乗せるとずきんと痛みが走る。

なんて間抜けなんだと止まった攻撃に今日はすいませんがここらでと言おうとすればひょいと抱き上げられてしまった。

「奈良崎さんっ!」

「呼び方が戻っている。君らしくない失態だ。軽く見ただけだが少し捻っていたようだから冷やしたほうが良い」

スタスタと風呂場に連れられてシャワーの水を足首に掛けられる。

「・・・すいません」

補佐すべき立場なのにと謝れば気にするなと頭を撫でて立ち去る奈良崎の背中にはそっと息を吐き出した。

「どうして迷惑ばかりかけてしまうんだろう」

社長さんといい、奈良崎さん、いや譲さんにも。

ぼうっとシャワーを浴びているだけというのも何なのでお風呂に入ろうかと服を脱いだときだった。

「このタオルで足を拭いて・・・!!」

「・・・で・・・出てってくださいー!!」



















かくしてゆずもびっくり大作戦(社長さん命名)は無事に成功したのであった。