奈良崎譲。
通称ピーコックと言われる芸能事務所所属タレント。
ナンバーは不動の10。
動きの天才と評される彼の行動は常人には理解不能である。
「なんで責任取るって言って部屋出ていったんだろう」
考え方が古いから男女が一つ屋根の下なんて破廉恥な、・・・とか?
テントを持ち出して出て行かれたらたまったものではない。
自分の仕事は商品『奈良崎譲』のマネージメント。
その自分のせいで彼の体調不良とかになってしまったら意味がない。
無理なんて言いたくないんだけどこれは致し方なくなかろうか。
「取り合えず連れて・・・直談判かな」
あの一癖二癖もある社長が簡単に頷くかどうかは別として行動を決めたら心も決まった。
あの真摯な瞳に騙されてはいけない。
は手早く出かける準備をして彼のいるであろう場所に向かい部屋を飛び出した。
「やっぱりここでしたか」
目の前にはなんていうか・・・口をぽかんと開けてしまうような光景があった。
空き地に張られたテント。
辺りを照らし暖める焚き火。
そして何故だか香ばしい匂いと共に照らし出されている彼の姿は・・・不審者というか原始人?
いくら事務所の方針が秘密主義といってもやりすぎとしか思えない。
こんな事、空き地の焚き火で肉を焼いてる原始人生活をしている人物が芸能界というある意味雲ひとつ上の人物とイコールになるわけがない。
ある意味凄い人だなと感心しつつ近付けば通行人が居た。
まあ普通の場所だしねー・・・。
ぽーっとしていたのだが暗闇の中、なんだかとても見覚えのあるような人が。
「えっ!会長!?」
「ん?・・・誰?」
当たり前だが一般生徒である自分の事は知らないよねと苦笑する。
まあいいやと言ってふらふらと歩き去る姿というか背中が誰かに似てるなあと思いつつは譲に近付いた。
「な・・じゃなくて譲さん、此処で何をしてるんですか」
「君はどうした。婦女子の一人歩きは危ない」
幾ら君ほどの腕前でも。
心配されているのだろうが素直には喜べない。
「藤丸君をスカウトに来たのだ」
はっきり告げられた言葉にやはりと思う。
「あの、明日社長にお話があるので一緒に行って貰えますか?」
「了解した。今日は帰らないつもりだから戸締りに気をつけるように」
そう言って追い出されて目的の半分しか遂げられなかった。
やっぱりマネージャー業失格だなと反省しつつ足は真っ直ぐ帰宅はせずに空き地の隣のマンションへと向かっていった。
「こんばんは」
「あ、あれ?どうしたの」
夜中のお宅訪問にゆかちゃんもびっくりだ。
タレントとそのタレント付きマネージャーがそれぞれお宅訪問という非常事態というか異常事態だから仕方ないかもしれない。
「あのね。ちょっと話せるかな」
夜遅くにごめんと言えば構わないよと言ってくれた。
ああ、大好きだ。
奈良崎さんもきっとこんなに可愛いゆかちゃんだからと思うとちょっと悲しくなった。
「あ、お邪魔します」
リビングに居たのは副会長こと葛城涼子、もとい葛城涼君。
そして何故だか生徒会長が、居た。
やっぱり彼、誰かに・・・・。
じいぃっと見ていたらぽんっと浮んだまさかな答え。
さっきの暗闇では気付かなかった。
いや、きっとこんな近くで凝視しなかったら気付かなかったかも。
でも多分間違ってない気がする。
「もしかして綾織真って生徒会長だったり?」
だってふわんふわんで髪質も艶々黒々。
そしてなんとなくなんだけれど似ている気がする。
そんなに詳しくは知らないけれど雑誌の中で見た彼の輝きと。
「え、藤丸は言ってない・・・よな?」
びっくりしたと言う皆の様子に大当たりだったらしいと確信する。
まあそれはどうでもいいとして本題を早速口にした。
「私、奈良崎さんのマネージャー辞めようかと思って」
そうなれば一番に皺寄せが来るのはきっとゆかちゃんと葛城君だろうと思って来たのだ。
なんで?何故と二人から聞かれたけれど私はただ笑って誤魔化すことしか出来なかった。
「で、話っていうのはなんなんだ?」
今、社長室にいるのは社長、奈良崎さん、私、そして何故だか知らないけれど綾織さん。
なんでだ?
いくら学生であって露出を控えているにしてもナンバー1の彼は多忙なはず。
何故此処にと普通なら口にしたのだけれどその余裕は今はない。
すうっと息を吸い込み、そして。
「嫁にするからマネージャーは辞めさせます」
「私には奈良崎さんのマネージャーは務まらないので誰か探してください」
同時に重なった言葉の内容が浸透するまでに時間が掛かった。
「ん?なんだ、よく分からないんだがちゃんと説明してくれるか?」
いつもにやりと笑っている社長も少々困惑気味だ。
多分、いやほぼ嫁発言に困惑は掛かっていると確信しているのだが。
「何言ってるんですか。私は嫁になるとは言ってません。マネージャーを辞めるだけです」
内心の困惑を隠してキッと睨めば困惑した表情の奈良崎譲という珍しいものが見れた。
「別にマネージャーは辞めて構わない。だが嫁にはなって貰う」
なんだかよく分からない言葉に益々深まる困惑に爆弾が投下された。
「マネージャーを辞めるなら俺に付いてくれないか」
「はい?」
いきなり入った横槍は生徒会長・・・ではなく今は綾織真だった。
「君なら藤丸君の友人だし俺の学校と同じだから連絡も取りやすいと思って」
マネージャーというより雑用だけどという言葉に考える。
奈良崎さんのマネージャーの方がきっとお給料がいいのは確実だがこのさい寝泊りできるなら何でもいいと頷きかけた時。
「駄目だ」
引き寄せられて背中に庇われた。
いや、そんな風にされても。
ドキッとするじゃないかと見上げれば何処かキツイ眼差し。
「これは私のだ。マネージャーはさせない。嫁にする」
まだ言ってるんですか!?
脱力しそうになって掴んだのは奈良崎さんのジャケットの裾。
別に他意はなかったのだけど何故だかとても嬉しそうに笑って頭を撫でられてしまった。
なんでだ?
「あー、なんだか知らねぇがゆず、嫁嫁言うのは止めとけ。そういうのは一回だけ言うのがありがたみが出るってもんだ」
その助言もどうかなと思うような言葉だがまあ諌めてくれているらしいからと発言に目を瞑った。
「それとな。マネージャーは続けてもらう。別に俺は誰についても構わないがゆず辞めさせるなら他の奴に付ける」
この発言は有難い。
こくこくと頷けばこちらを見遣った彼は少し迷いつつもこくんと頷いたようだった。
「じゃあ今までどおりでいいな。何かあればまた来い」
楽しかったよとひらひらと手を振られてどうやら出て行けという合図だったようだ。
扉から出ればなんだか一触即発な感じだった。
「これは私のだ」
「辞めさせると言った」
ぐいっと抱き寄せられて気付けば奈良崎の腕の中。
淡々と言葉を紡ぐ綾織真、というか生徒会長にうんうんと頷く。
「それは・・・とにかく、辞めさせないのだから手を出すな」
ずるずると引きずられていくの目にじっと見ている綾織の姿が扉の向こうに消えていった。
「もうあいつとは会うな」
「無理です」
全校朝会などもあるからと思い即答すればむっとした様子が伝わってくるなんでこんな怒っているのかわからない。
「マネージャーをさせていたら他の男と会うだろう」
「はあ」
それは自分以外の男と会わせたくないという事だろうか。
もしかして嫉妬?
判断に迷うのは奈良崎という人物の深さをまだ測りきれてないからだろう。
取り合えず仕事をする事は納得させたから良しとする。
ていうか外では男の格好をしてるからそんな心配は不要だとこの人は気付かないのだろうかと思うのだが自分も似たような事を思ったのだからと口を噤んだ。
お嫁さんにしてくれると言った奈良崎が友人の下へと足を運んだ事に対して多分嫉妬していたのだろうと思うから。
嫁の話はともかく仕事はしっかりしなくちゃとネクタイを締めなおしてそのままロケ現場へと二人そろって向かったのだった。
革命は未だに現在進行中。