「譲さん・・・チョコまだ欲しいんですか」
呆れた声で聞く。
甘いものはあまり好まない性質なのは学習済みだったので用意などしてなかった。
あるのは友チョコと呼ばれる類の義理(ある意味本命)チョコだ。
「それは誰に?」
「仕事仲間の葛城君と・・・」
ゆかりちゃんにと言いそうになって止めれば奈良崎譲は機嫌を害したようだった。
「・・・それをくれ」
「え、でも・・・」
「お前のが欲しい、と言っている」
沢山のチョコがあるじゃないですか。
と言い掛けた私を貫いた言葉と視線。
ああ、なんて愛しい人だろう。
「わかりました。でもこれは駄目です。今から作りますから」
「・・・あと他の男には」
「葛城君にはあげませんから」
義理は大事なんですよと宥めて深夜でも開いているスーパーに二人で買い物に行ったのだった。
一月後。
「・・・三倍返し、か」
奈良崎譲はこれでも豊かになった無表情でじっと悩んでいた。
「おー、どうした。ゆず」
「社長」
ぽんっと頭を撫でられて悩み事かと聞かれて頷く。
確かに自分は今、悩んでいるのだから。
「俺になんでも聞け!ちゃんと答えてやるぞ」
にまにまと笑う相手に口を開いた。
「三倍返しとは量?それとも金額の事なのだろうか?」
ぴらりと某有名雑誌を見せた相手にニヤリと笑って答えてやったのだった。
「な、なんだかいっぱいになっちゃった、な」
譲のファンに返すちょっとしたお返しの準備も済んだ時に配った義理チョコが効果を挙げたのか山のようにお返しを貰った。
いいですよと笑っていたのにポケットに入れられた飴やら何やらで両手が塞がってしまっている。
「こんな気を使わせるつもりじゃなかったのにな」
ううんと唸りつつも円満な人間関係を築けている証拠だと自分を納得させる。
すると向こうからレッスンが終わったのであろう譲が来た。
「な・・・譲さん!」
まっすぐ向かってきた譲はひょいと担ぎ上げるとスタスタと裏口から出てタクシーに乗り込み某宝石店へ。
途中のデパートの公衆トイレで変装しているので誰も譲だとわからないしなんでかカップルとしてお高い宝石を勧められてしまってる。
「三倍返しだから好きなものを選べばいい」
「いやいやいや!どう考えても三倍以上ですし、ついでにそれは多分婚約指輪ですよ」
宝石の大きさに言えばはた、と思いついたような顔。
「そうだな。どうせなら結婚指輪も買っておくか」
一足飛び過ぎる提案に結構ですと言ってねだりにねだってデパ地下の美味しいと評判のプリンにして貰ったのだった。
「・・・社長恨みます」
が後日、上着のポケットからちゃっかり購入済みの指輪を発見して呟いたのは譲は知らないことである。