雨の日は貴方は来ない
しとしとと霧のように降る雨はとても静かで愛人宅として使われている屋敷は静寂に包まれる。
「雨の日に旦那様が来られるはずがないだろう」
嘲笑うかのような言葉にそれもそうかと思う。
月に二回という契約は今では週末毎となりこんなスクイブの利用価値のない女のどこがいいのかと考え悪い理由なら無尽蔵に出てくる中で生きてきた。
先日はクィデッチの大会があったという。
『一緒に行くか』
そう言われて、驚いて、黙ったままの私に彼はまあいいと言って出て行った。
後で屋敷しもべ妖精のバッグズに彼に誘われたのだと言えば
「あの方が本気で言われるはずがない」
と笑われた。
「本気に取って旦那様を困らせることのないように」
そういわれてそれもそうかと納得する。
代々マルフォイ家に仕えているという屋敷しもべ妖精は彼、ルシウス・マルフォイのことも幼少時から良く知っているらしく本来ならとよく言った。
私さえいなければ奥方とご子息のお世話が出来たのにと。
「ごめんなさい」
卑屈になっているわけでなく彼の、ルシウスの気まぐれが私の上にあることを願ってしまっているから謝る。
バッグズはそれも無視して部屋から出て行き辺りは静寂へ包まれる。
パチリ
暖炉の火が赤く爆ぜた。
雨の日は少し冷えるから火を入れていたのだが暖炉へ目をやると其処には彼が立っていた。
「・・ルシウス」
本来なら様をつけなくてはならない。
しかし彼がやめろと言ったので彼の前でだけ敬称はつけない。
ローブの裾には雨のせいか小さな染みがいくつかありフルーパウダーのせいか古い暖炉のせいか煤が肩についている。
「私が来て何故驚く?」
不快だという声色にびくりと竦んだ。
捨てられるのは仕方がないが嫌われたり憎まれたりはしたくない。
忘れ去られる事を望んでいた。
「・・・・・・雨の日、だから」
他の男でも来るのを待っていたのではなかろうなと言われて先ほどの話題を口にする。
今週末のルシウスが来ないと思った理由。
「貴方、雨の日の外出は嫌いなんでしょう?」
「・・・・それでか」
ふうと息を吐いたルシウスはローブを脱ぎ捨てるといつもの洗練した動きのまま椅子に腰掛けた。
優美で尊大な王者のように。
「他に奴から何を吹き込まれた」
「え・・・・吹き込まれてなんか・・」
「では、何を言われた?」
言いよどんでいる私にルシウスは最後通牒のように告げた。
「では奴自身から聞こう」
呼べと言われ従う。
現れた屋敷しもべ妖精は主の姿を目にして驚いているようだった。
「何を吹き込んだ」
声が1トーン下がった。
ぶるぶると震えるバッグズは何気ない会話だったはずの幾つかを語り死刑台へ立つ囚人のように頭を垂れた。
「・・・・・出て行け」
ルシウスはパシっと手袋をバッグズへと投げつけた。
「ルシウスっ!」
忠実な屋敷しもべ妖精は絶望的な瞳で主を見つめ触れると手袋が噛み付くというように後ずさった。
「お前への罰だ」
自由という苦しみを味わうがいいというルシウスに頼む。
「私のせいで止めさせるなんて・・・お願いだから、私は一人で大丈夫だからっ」
こんな所でなくて本邸で仕えさせてあげてと頼み込んだ。
ルシウスはふっと皮肉な笑みを浮べるとバッグズを見た。
「それが理由とは・・。お前を信頼していたからこそこの仕事を任せたと理解できない愚か者はあの空っぽの屋敷へと帰るがいい」
その言葉に殴られたかのような表情をしてバッグズは消えた。
残されたのは床に散らばる手袋とルシウスと私だけ。
「・・・・今のは・・」
「本心だ」
すまなかった、。
そう謝られた。
ルシウスは何も悪くないのに。
「・・・・・雨の日に」
視線を上げたルシウスに笑いかけた。
「雨の日に貴方が来てくれたことだけで十分です」
そっと手を伸ばしてその首に抱きついてふわりと浮く身体。
外はしとしとと降る雨の中ゆっくりと時間が過ぎていった。