草紙に書かれた物語など嘘ではないか。
友が語る思いと自らの違いに唇を噛み締めた。
何処か神聖な決して汚してはならないもののように語りその言葉通りに大切に出来る事が羨ましい。
俺が彼女に抱く思いは醜悪と言ってもいい。
誰にでも見せる笑顔が憎い。
誰にでも与えられる手が厭わしい。
目を、耳を、口を、手足を、全て奪えば。
躯の内から舐め尽くすような痛みをどうにか出来るのだろうか。
酒、金、色。
溺れてはならないもの。
溺れるつもりすらなかったもの。
いつの間にか侵食していた。
喰われていたのだ、心の臓を。
「潮江さん?何処か痛いんですか?」
優しい彼女は見捨てないだろうとわかっていて見つかりやすいけれど人気の少ない縁側で腰を下ろしたまま腹を抱えるように蹲った。
忍らしいじゃねえかと全てを利用する己を嘲笑う。
案の定引っ掛かった彼女に気をつけないかと理不尽に罵りたくなる。
誰にでも優しくするな。
だから俺が苦しくて仕方ないんだ。
偽りでなく絞られたような痛みを感じて胸を抑えた。
「大丈夫ですか?医務室に行きましょう。新野先生か善法寺君を…っ」
「大丈夫だ。少ししたら落ち着く」
慌てふためいて走り出そうとした彼女の腕を引く。
倒れ込んだ彼女をうまく抱き留めて告げたらあの、とかうぅ、とかよくわからない声が頭上から聞こえるが聞こえない振りをする。
忍者の聴力を理解してない彼女は腕の中でもがくだけだ。
お前が悪い。
お前が俺だけを見ずに他の男の名を呼ぶから。
そう理由付けて抱き締めていればふっと頭に触れる温もり。
「大丈夫。大丈夫です」
優しい、温かい、俺だけの言葉。
撫でられているとわかって顔が熱を帯びる。
惚れた相手に付け込む情けなさとそれでも嬉しいと思ってしまう弱さに忍としてあろうとする己の冷めた部分が笑ってる。
「痛いのは嫌ですから後で念の為、一緒に医務室へ行きましょう」
一緒に、という言葉に痛みが和らぐ。
欲しいものを知らず寄越す相手に苦しくて息すら出来ないほどに溺れている。
「文次郎でいい」
いい、なんて嘘で。
そう呼んで欲しいといつも思っていた。
「文次郎さん?」
柔く囁くような声にああ、と返事をした。
「好きだ。」
「何かいいました?」
「…気のせいじゃねぇか?」
欲に塗れた思いは言葉にするには恐ろしく、囁きよりちいさなそれは彼女に届かない。
俺が彼女を壊す前にこの想いごと泥の沼底に沈んでしまえばいいのだろうか。
どろどろどろろ<11/02/20>