男の子って難しい。
それが思春期ならなおさら、と少女は小さく苦笑する。
がこの町に来たのはまだ七歳の時だった。
親戚の商売を手伝っていた両親が独立して店を出すというのであちこち探して辿り着いたのがこの町だったらしい。
小さな店舗も家も兼ねた建物は少し古かったけれど親子三人で住むには十分にゆとりがあった。
店開きの用意で慌しい両親に構ってもらえずは一人庭をうろうろしていた。
うろうろ、と言っても子どもの足で二十歩も掛からず端から端まで辿り着くような庭である。
くるくる回っていたというのが正しいかもしれない。
そんなをじいっと見つめる目がある事に暫くたって気が付いた。
ぴょこんと木戸の向こうに小さな結い髪が揺れている。
持ち主はどうやらまだ未修繕の木戸の向こうからこちらを覗いてるようだ。
「誰かいるの?」
暇を持て余していたは好奇心いっぱいに声を掛けた。
木戸の向こうにいる者は見つかった事に驚いたようで髪が揺れるのが見えた。
まるで臆病な子猫みたいと前に見た生き物を思い出す。
優しくしなければ逃げてしまうよと父親に教えてもらったのを思い出しなるべく優しい声で問いかけた。
「私はこの家に住む事になったっていうの。よかったら一緒におしゃべりしない?」
そういうと木戸の向こうから小さな男の子が現れた。
丸い大きな瞳と凛々しい眉が今はちょっと下がり何故か怯えているようだった。
本当に子猫みたいな子だったとは思わずにっこり笑った。
そして先ほど貰ったお菓子を思い出す。
「ねえ、名前はなんて言うの?お菓子一緒に食べよう」
小さなその子は何故か顔を真っ赤にして泣きそうな顔で此方を見た。
「ぼ、ぼくは、しおえもんじろう。おかしにつられたわけじゃないんだからな」
縁側に腰掛けたお隣さん家の文次郎君は甘いものが好きみたいだ。
半分あげると渡した金平糖を嬉しそうに食べている。
ご近所付き合いは大事だぞと両親が言っていたから仲良くして悪くはないだろう。
文次郎が嬉しげに肩を揺らすたびに髪がぴょこぴょこと揺れて大変愛らしい。
「文次郎君は可愛いねえ。お友達になったんだから文ちゃんって呼んでいい?」
「もんちゃん・・・いいよ。でもぼくかわいくないよ」
折角笑顔だった文次郎が急に泣きそうになっては慌てる。
泣かせるようなことを言っただろうか。
年上の者が下の子を泣かせたら駄目だというのだけはわかったので焦った。
「文ちゃんはとっても可愛いよ!保障する!あ、私の方が年上だし今日から文ちゃんは私の弟よ。お姉ちゃんは弟を可愛がるんだからっ」
自分でもよくわからない理由である。
けれど一生懸命な様子に驚いたらしい文次郎が泣くことはなかった。
「ぼく、ちゃんのおとうとなの?」
「今日からね!だから私は文ちゃんって言って沢山可愛いって言うし文ちゃんは私に可愛いって言われるの」
嫌?と聞けば首を横に振る文次郎にはよかったと笑う。
「じゃあぼくもおねーちゃんってよぶね!」
にっこり。
ビシャーン!!
と効果音が聞こえそうな衝撃がを襲った。
「う、うん。是非そうして頂戴っ」
これがの輝かしく美しい過去の記憶である。
すくすく成長した潮江文次郎は決してをお姉ちゃんと呼ばない。
それどころか名前は呼び捨て、一人称は僕ではなく俺である。
「いいか、俺を文ちゃんなんて呼ぶなよッ!」
そう言って怒るのだがの目にはどうやらあの日から文次郎に対してだけフィルターが掛かっているようである。
「えー、可愛い文ちゃんの頼みごとは聞いてあげたいけど撫で撫でとかぎゅうとかしにくいから嫌だなー」
頭を撫でる手を止めようとすれば止めるなと言わんばかりに掴まれて視線だけでお強請りされれば期待に応えねばと思うのだ。
可愛くて大好きな幼馴染にはありったけの愛をもって彼を愛でる。
嬉しいとお年頃のせいか言えずに真っ赤になった耳とかまだまだ甘えたな所は姉だから指摘するような意地悪はしない。
「本当に、男の子って難しいねえ」
それでも愛すべき存在なのだ。
お隣さん家の潮江君!<11/01/31>