「やっと着いた」

大きなトランクを傍らに列車から降り立った少女は期待と安堵の表情を浮かべ呟いた。

異国、それもアジアの血が流れている風貌の少女だった。

チャイニーズ、それともジャパニーズだろうか。

すれ違った者は珍しいとばかりに首を傾げそれからとある事に気付き納得したかのように歩き出す。

知らぬは本人ばかり、である。

少女は辺りを見渡した。

列車から降りた乗客はもう足早に立ち去っており人影さえ疎らだ。

先方からは迎えを寄越すと連絡があったのだがそれらしい人影は無い。

異国で心細くないわけではないが此処に立ち竦んでいても仕方ないと重いトランクを引きずるようにして改札口に向かった。

駅員はおらずタクシーやバスの有無を聞こうと思っていたのだが当てが外れてしまった形となる。

何処かに呼び出しのベルがあるのではと探すが見当たらない。

途方に暮れかけていた時、声が掛けられた。

「お前がかね」

低い声は柔らかく心地よいと思えるものだった。

発音も綺麗な英語は聞き取りやすく是と答える。

振り返ってみれば其処には黒衣を身に纏った男がいた。

30台半ばから40台半ばに見える男は青年と呼ぶには老成しており壮年と呼ぶには聊か戸惑うという不思議な男だった。

容貌は悪くは無い。

ただ値踏みするような鋭い眼光や日本人には馴染みの少ない鷲鼻や深い彫り、不機嫌そうに刻まれた眉間の皺が魅力を半減、いやそれ以下にしていた。

「はい、そうです」

もう少し歓迎されると思っていただけにショックは小さくない。

だが男は無言でトランクを片手に持つとスタスタと歩き始めた。

自己紹介も説明も無しの行為に慌ててトランクの取っ手を掴んだ。

男の骨ばった大きな手と触れ合った瞬間奇妙な衝撃が身体を走った。

驚きで慌てて手を離した瞬間にトランクはゴトンと盛大な音を立てて地面に落ちていた。

「何のつもりかね」

不可解な何か、そんなモノを見るような表情を向けられて慌てて平静を取り繕う。

土埃に塗れたトランクを起こす際、慌て過ぎて足までもぶつけてしまったりもした。

全くもってナンセンスと自らを内心で叱咤していたのだが。

「ミス・、お前のペースに合わせてやれるほど我輩は暇ではない」

「え・・・あっ!?」

小さく何事かを呟くとトランクはふわりと宙を舞い待っていた時代錯誤な馬車に収まった。

そして少女の身体は男の腕の中に。

それほど力自慢、体力自慢に見えない男であるが異性であり成人という事もあるのだろう軽々と抱き上げられてしまった。

・・・俵抱きで。

「あの・・・貴方の名前は?」

少女に問われた男は渋々と言った様子で名を名乗った。

夏の終わり、秋の始まりのこの出会いが全ての始まりだった事を彼らはまだ気付いていなかったのだ。