紅家の恋愛のススメ







「お義父様、私(わたくし)はお嫁に参ります」

広大な紅家に奇声とも思える阿鼻叫喚が響いたのはその数秒後だった。
















「お前のせいだぞ」

ギロリと隈のついた眼で睨まれてすまないねと返事をした。

本心から。

なんでも少女のとある宣言から紅家は、というか当主である彼は半ば機能停止状態にあるという。

「今日も・・・その、尚書は・・・」

ギッと射殺されそうな視線を向けられてまだ駄目かと溜息を吐く。

この調子では目の前の親友が仕事に忙殺というか本当に殺される日も近いだろう。

こうなる事は目に見えていたから先に言っときたかったのだが。

「今日、お伺いしてもいいかなと文を出しておくよ」

「黎深様になら握りつぶされて終わりだと思うぞ」

そんな事は百も承知な楸瑛はわかっているよと返事をした。












「いい加減にして下さらないと私は本当にお義父様を見捨てますわよ」

百合お義母様にも見捨てられてきっと絳攸と二人で迷子になってしまいますわと言われても黎深は頷くことなど出来なかった。

「可愛い私のがよめよめよよよよよよ」

最後辺りは意味不明である。

啜り泣きも混じっていてかなり恐かったりする壊れっぷりだ。

「良いですか?娘の場合王族、貴族は早ければ三つから縁談があったり十を過ぎてから嫁ぐなんてざらですし十五過ぎにはお嫁に行くのが普通ですのよ!」

私が何歳かお義父様は覚えてますのっ!?と言われて胸を張って答えた。

「二十三だっ!!」

可愛い可愛い娘の歳を忘れるわけがないじゃないかっ!!と言われては少しだけ表情を緩めた。

「お義父様に愛して頂いてるのは十二分に知ってます。拾って育てて頂いて感謝もしております。でもですね、二十三にもなった娘が結婚も縁談もないのは・・・」

嫁遅れと言われますのよと若干ドスの効いた声で言う。

「それもこれも片っ端からお義父様が潰していくから」

中には玖琅叔父から進めて頂いた良縁もあったと言うのにと呟けば黎深はくわっと目を剥いた。

「何が良縁だっ!!可愛いが紅家で玖琅のことをお義父様なんて呼ぶなんて許せんっ!!私は許さんっ!!」

「まあ年齢が離れ過ぎてましたから私もお断りするつもりではいたのですが」

従兄弟は僕じゃ駄目なのなどと可愛らしく文をくれたが黎深にこれまた焼き捨てられてしまったのだ。

「大体なんであの藍家の若造なんだ!もっと他にいい男が居るだろう!私とか私とか私とかっ!!」

「お義父さまばかりじゃないですか。私は私だけを愛してくださる方がいいのです」

ぐっと黎深の扇を握る手に力が入った。

「尚更悪いっ!鳳珠や絳攸ならともかく何故あの女たらしの藍家その四なんだ!!」

「あら、常日頃私が鳳珠様に文を書けば怒って拗ねて絳攸で遊べば私の玩具だと取り上げる方に言われたくありません」

ぷいっとが拗ねて見せれば黎深はまだ納得が行かないとブツブツ文句を言っている。

「私もお義父様が百合お義母様とご結婚されてなかったらお義父様を選んでましたよ」

こんなにも愛してますものとそれはそれは美しく笑う娘に黎深は藍家を滅亡させてやろうかと本気で考えてしまったのだった。



















針の筵だ。

チクチクと見つめられて居心地が悪い。

何故だか差し出されたのは邵可様の入れた父茶だった辺りに周囲が皆敵に見える。

「で、私に何の用だ」

黎深の不機嫌丸出し、氷雪がどしゃっと降ってきたような声の冷たさに負けじと返す。

「今日は紅家の姫姫と私、藍楸瑛との交際を認めて頂きたく」

何刻でもいい返事が貰えるまで粘るつもりだった楸瑛は愛しい少女に向かってにこりと笑い相応しい優雅さで礼をとった。

「いいぞ」

「・・・は」

呆気ないほどの返答に思わず漏れた言葉を慌てて繕う。

パサリ

楸瑛がじわじわとやったぞ、第一関門突破だと喜びかけて束の間目の前に差し出され、もとい投げ捨てられたのは料紙を綴じた冊子だった。

「まずは清く正しく交換日記からだ。その間貴様は我が娘の相手候補として清らかで清清しい生活を送ってもらう」

ま、当たり前だがと言われて流石の楸瑛も二の句がつけない。

冊子の表紙裏には清清しくない行為(妓楼遊びなど)が箇条書きされている。

「まあ十冊位までできたら手を繋ぐのを許してやろうか」

ククと笑った姿はまさに悪鬼巣窟を統べるに相応しい姿だった。

「まあ、楸瑛様頑張りましょうね」

にこにこと笑う愛しい少女に促され楸瑛は負けたとばかりに頷いたのだった。


























「全く悠舜から交換日記というものを聞いてて助かったぞ」

「お義父さまったらあまり意地悪をしては楸瑛様が可哀想ではないですか」

窘めている言葉だが何処か楽しげな響きもある。

「でもも楽しそうだった・・・よな」

絳攸の確認の言葉にはええと頷いた。

「私、楸瑛様のあの呆然とした表情が大好きなんですの」

お可愛らしいでしょう?と笑う姿に絳攸は悪友の行く末を想像して、尻に敷かれるなと少しだけ心の中で手を合わせたのだった。