ピカッ

   窓の外を光の束が駆けていく。

   ゴロゴロゴロと追いかけるように唸る空は鈍空で雨もポツポツとであったのが雨足を速めていた。

   普段なら雨の日は灯りを灯す部屋の主は仕事で出ていて薄暗い。

   よくみれば隅の方に小さな人影が見えた。

   「・・・・・・」

   顔を膝に押し付けて決して上げようとしない子供の肩は寒さと恐怖から震えていた。

   冷たいのは嫌い。

   ぎゅっとの瞑った視界に時たま入り込む光。

   閉じた瞼の向こうに透ける雷光。

   両手で押さえつけている耳にさえ鈍く身体に響き入る轟音。

   暗闇にいる時間の長さに耐えられずにそっと瞼をあける。

   カタンっ

   僅かな軋みと共に部屋の扉が開いてピカッと同時に雷が光った。

   「キャアアッ!」

   あがった悲鳴はまだ幼い者特有の高い声。

   光と共に浮き上がった人影にも驚いたらしい。

   「大丈夫か?私だ」

   影の持ち主はガチガチと震えている小さな身体をそっと自らの上着を脱いで包むと抱き上げた。

   「・・・鳳珠・・・さま?」

   ピカリと光る瞬間に浮き上がるシルエットは確かに敬愛し自分を慈しんでくれる人の姿で我慢していた涙がどっと溢れた。

   「お・・おかえりな・・・さ・・・っ」

   最後まで言おうと思うのだがしゃくり上げてしまっていてきちんといえない。

   大好きで大好きで仕方のない彼に嫌われたくは決してないのに。

   悔しさで涙に濡れた口唇をきゅっと噛むと涙で汚れた口唇はしょっぱかった。

   「灯りもつけずに・・・怖かっただろう?」

   ぽうっと灯された火の元で仮面が外された。

   とっても・・・とっても美しい顔が少女は大好きだった。

   その美しさを言葉に出来ない自分の語彙の少なさを嘆くくらいには。

   そしてその少し悪い口振りに隠されている優しさはもっと・・・。

   「誰か呼べば心細くはなかったろうに・・・」

   「ちが・・・違うんです。みんな居てくれるって言ってくれたんですけどわたしがいいって言ったんです」

   その一言で鳳珠は全てを理解した。

   この少女は自分が相手の仕事の邪魔になることを考えて好意をありがたいと思いつつも断ったことを。

   こんな暗い部屋でたった一人震えていた事実を。

   「そんな遠慮はいらない。お前はもっと我儘を言っていいのだぞ」

   少しキツイ口調になってしまうのは灯りがあるとはいえ薄暗い部屋で少女の目が真っ赤だったのを目敏く見つけてしまったせいか、

   それとも少女の袖の部分が涙で濡れて冷たくなっていることが腹立たしいせいだろうか。

   「でも・・・わたしはもういっぱいわがまま、言ってるから」

   のその言葉に鳳珠は形の良い眉を顰めた。

   自分が記憶している中でこの少女の我儘など今まで一度としてあったとは思えない。

   「あの・・・ここに置いて貰ってるだけで、もうずっと幸せだから」

   「馬鹿者が」

   怒られたとビクリと身体を竦ませた子供の小さい身体を見下ろした。

   「私が来いと言ったのだ。それはお前の我儘でなく私の願いだ。そんなもの我儘の内には入らないぞ」

   「え?」

   竦んでいた身体はまたしても温かい言葉によって抱きとめられた。

   また、だ。

   なんでこの人はこんなにも温かいのだろう。

   あの日、拾ってくれたあの日と変わらない目の前の美しい人の温かさに目尻に溜まっていた涙がぽろりと零れた。

   「そうだな・・・では我儘を言わぬなら私の我儘は聞いてくれるか?」

   「はい。なんですか?」

   この人の願いならどんなことでも叶えたい。

   自分にできる全てを両手に乗せて捧げたいと心から思う。

   「明日仕事が休みになった。私が暇にならないように一緒に町へ来るように」

   「え、・・それは」

   仕事で疲れている養い親のことを知っている少女は頷くのを躊躇った。

   それは我儘なんて言わない。

   まだ町を出歩いてもない自分に対する気遣いだ。

   「私の我儘は聞けないのか?」

   にっこりと優しく微笑まれて首を振った。

   つんと鼻の奥が痛んで違う涙が溢れそうになる。

   「鳳珠さまのおっしゃることに従います」

   ありがとうございますと笑えばそっと手を引かれる。

   「腹は空いてないか?一緒に食事をしよう」

   降ろされた部屋に雷が光る。

   けれどそれより眩しい光が少女の前にはあった。

   目の前の男、黄鳳珠こそが自分の示す光だと。

   「次の雷の日はちゃんと誰かといるのだぞ」

   そっと髪を撫でられて頷いた。

   でもきっともう怖くない。

   は遠い空に去り行く光を見やりながら温かくなった心を抱きしめた。