『決して二者択一をしないこと』
それは鄭悠舜と交わした約束の一つ。
目の前の少女と茶州を比べることは今の自分にはできないと両手で掴めることを一つを選ぶ最良の策以上の、
そして最上の策を考えることにした。
「燕青って凄いよね」
「何が?」
お目付け役の悠舜がいないからとのぺーんとだらけている燕青の姿に苦笑する。
こんな姿だけを見ていたらこの目の前の青年が州牧だと言われても信じなかったに違いない。
一緒に室で懸案を解決していく姿を見てなければきっと。
「ねえ、州牧やることになった時、何かコツとかあった?」
友人というより兄妹のような感じでいられるのがにとってとても嬉しい。
それが望めなかったものだけに。
「んー・・・悠舜と約束はしたけど。『二者択一はしない』って」
まあ、ならそん時になればわかると思うぞと笑顔で頭を撫でられる。
これは彼なりの気を使っているらしい。
悠舜様に扱かれている時にも頑張れば頭を撫でてくれた。
「でもが黄家のお嬢様っていうのは、俺ってば未だに信じられないんだけどなー」
「私、拾われ子で養女だから」
「はい?」
あっさりと言えば聞き返された。
「説明するのも難しいんだけど私の生まれた世界は此処じゃなかったみたい」
親に捨てられた子供だったこと。
遊具に隠れていたら気が付いたら見知らぬこの世界で。
運良く出会った養父に拾ってもらった事。
なんだか燕青にはあっさりと話せてしまった。
「私、お父さんとお母さんが欲しくて・・・幸せそうな家族見るたびに兄弟とか羨ましかったの」
でも、今はお父様もいるし燕青がお兄ちゃんみたいだし気にしてないけどと笑う。
「ねえ、燕青は何人兄弟?面倒見が良いから一番上か悠舜様に甘えっ子だから一番下?」
燕青の笑顔にヒビが入る。
「・・・あー、俺の家族夜盗に殺されたんだわ」
がしがしと頭を掻いて話しにくそうに告げた。
嘘をつくのも嫌だったがのこの言葉を聞いて気まずそうにされるのも嫌な気がした。
「・・・・・・・じゃあ、私が燕青の妹になったげるよ」
今にも泣き出しそうな潤んだ大きな瞳が燕青を見つめていた。
「しかたねーなあ。俺はどっちかといえば出るトコでたねーちゃんが欲しいぞ?」
苦笑する。
胸が熱かった。
同情でもなくその先を欠けた掛け替えのないものをもう一度差し出されたような気がした。
それはきっと自分を思いやってくれた幼い彼女だからこそそう感じ取れたのだろうけど。
「あー・・・この話は誰にもしないって約束、してくれるか?」
妹なんだから兄ちゃんの言葉は聞けるよな?と茶化して燕青は少しだけ、少しだけ自分の傷を語り出した。
「俺さ、敵はとったんだ。十五までしか覚えとかないとか勝手な事言われて負けるかって必死で強くなって。で、敵の奴ら潰して行って」
燕青の声はいつものように明るかったけれど語尾が僅かに震えていては思わず掌を握り返した。
「ん。一緒に戦った奴がいたんだ。多分そいつも大事なものを壊されたか奪われてた。すげえ傷が酷くてな」
ふう、と一息ついてしっかりと話す。
きっと燕青の遠くを見るような眼差しにはその傷ついた仲間が見えているのだろうと思った。
「俺は傷薬になる薬草を探してた。後で後悔した。名前も聞いてなかった。傷だらけなのに居なくなってて・・・友達になれると思ってたんだ」
ぽつりと溢された言葉にゆっくりと言葉を捜した。
「居なくなっていたならきっと生きてるよ」
「うん、師匠にも言われた。だから次にあったら絶対くっついていようって」
思っているんだと笑った燕青にはよしよしといつも撫でて貰っているのを思い出しながら撫でてやった。
「会えるよ、きっと」
「がいうと本当に逢えそうな気がすんだよなー」
なんでだろうなと笑う姿にほっとする。
いつもの燕青だ。
「きっと逢えるよ」
の願いが込められたその言葉は叶えられることになる。
四年後、王都紫州で。
しかし自身その燕青の知り合いと自分が出会っていたとは気付くことも出来なかったのだが。
「ね、燕青。お腹減ってない?お饅頭作ってあげようか?」
優しく笑う少女に笑顔を向けた燕青は遠い昔の優しい穏やかな日々を思い出してほんの少しだけ目を細めた。
「悠舜様の想い人って凛さんじゃないの?」
「な・・・」
あの日から一段と仲良くなった二人に官吏の一部では浪州牧幼女好き疑惑が振りまかれている。
「なんでわかった!?」
あっさりとばらしてしまった燕青に悠舜心の中で減点一。
「やっぱり!だって凛さんが来る時はちょっと机を片付けてるし燕青に対する風当たりがちょっときつめかなあって」
「・・・良く見てますね」
そんなにバレバレだったのかと反省してみた悠舜だがふと、この少女だからだと気が付いた。
なんといっても鳳珠や黎深などと付き合って気に入られるくらいなのだから人の感情には聡いのだろう。
自らできる事を探して出来ない事は学ぼうとする姿勢や一度注意された事は繰り返さない聡さには感心していた。
そして細やかな心配りにも。
綺麗に片付けられた部屋には紙くず一つなく悠舜に出された茶は身体が冷え過ぎないようにと生姜の入った冷茶だった。
甘すぎず喉を通るお茶には少女手製の茶菓子まで添えられている。
ただ、恋愛にはその聡さがあまり、いや全く発揮されそうにないと思ってしまうのは先日の会話からだった。
『燕青ってカッコいいの?』
『何を言ってんだよ、こんな男前をつかまえてー』
『うーん、私ってば鳳珠様は綺麗だってわかるんだけどその他の人って別に何も思わないんだもん』
見事な弊害だと悠舜は嘆息した。
確かにあの美貌に免疫があるのならそこらの男はへのへのもへじ位にしか見えないかも知れない。
『私の顔なんて平均か平均以下じゃない!』
普通の目線で見れば十分美人しかも傾国の美女になる素質はあると思われる愛らしい少女の言葉に一同絶句した夕食時を思い出す。
是非全商連にと息巻く柴彰を初めとして少女の人気はかなり、高い。
『まあなら容姿が平均でも嫁の貰い手は料理が上手いからいくつもあるぜ?』
フォローにもならない言葉を溢した燕青を悠舜がぽかりと叩いたものだが。
「帰すのがちょっと惜しいですね」
その演算能力は燕青顔負けだし料理は上手いし性格も可愛らしい。
鳳珠の養娘と聞いて興味を持ってはいたけれどこれほど極上の珠候補とは思わなかったと書いて締めくくる。
努力次第では期待ができますと少しだけ辛口で書いたのは日頃手紙の一つも寄越さない友への嫌がらせだ。
「君、これを帰った時に鳳珠へ渡してくださいね」
にっこりと笑って差し出せばはいと真っ直ぐな目とぶつかった。
本当に帰すのが惜しいと悠舜は燕青と共に此処茶州に居てくれればと心の中で呟いてしまったのだった。
「いいんですか?帰してしまって」
軒を見送って仕事に戻るかと踵を返せば声を掛けられた。
気付けば皆仕事に戻っていてその場にいるのは自分と悠舜だけだった。
「帰さないと見張ってた奴が仲間連れてくるだろ?」
「やっぱり気付いてましたか」
ふふ、と笑う悠舜に燕青も苦笑する。
「も、だけどな」
いつも上手な悠舜が僅かに驚いた様子に燕青は少しだけ楽しげに笑った。
「大体俺は今、茶州と二つを選べないからな」
「まあそうですね」
あっさりと言われてぐっと詰まる。
人間図星を突かれると痛いものである。
「だから考えるさ、茶州を守っても選べる最上の策を」
先は長いし、と笑う上官にまあ頑張ってくださいよとこの青年のライバルとなるであろう美貌の友人を思い出し一言だけ声援を送ったのだった。