手に入れたいと望むものが出来た。

それは今の自分にはとても難しいことで。

出来ることから一歩ずつ。

前を向いて歩こうと思えたのは、歩き続けていられるのはきっと周りの人のお陰。


















「楸瑛様はお仕事はよろしかったんですか?」

向かい合う形になっている青年に問う。

藍楸瑛の話は噂で聞いたことがある。

彩七家筆頭の藍家の四男で最年少で絳攸が国試に受かった時の同期で文官として入廷するも武官へ転向した人。

華やかな話が飛び交うが花街でも遊び方の上手な貴族の代名詞となりつつあるとは胡蝶から聞いた話だ。

「ああ、調度暇だったからね。それに女嫌いで通ってる李侍郎が気に入ってる女性に会えるのだから」

ね、と楽しげな流し目を送られた。

藍様には泣かされる妓女が多いからもし店で会うことがあったら気をつけるんだよ。

まあ、ちゃんなら大丈夫と思うがねと艶やかに笑ってくれた美女を思う。

納得です、胡蝶さん。

「おい、!コイツは年中常春男だからな。気をつけとけ」

隣で不機嫌そうに言った絳攸は軒に乗せて置いた包みを手に取った。

「まずはこれに着替えてくれ」

包みを開けたは些か困ったような表情をしたのだった。

軒が止まったのは外朝の端の場所だった。

女人禁制な場所であるためにかつて家人として男装して中に入ったことを思い出す。

「じゃあ私達は外で待っているよ」

閉じられた戸を確認して急いで包みの中身を取り出した。

「お待たせしました」

軒から降りたは身嗜みを整えながら声を掛けた。

「可愛らしい侍童姿だね」

「少し大きいようだが問題はなさそうだな」

楸瑛は褒め、絳攸は衣服を見て頷いた。

「で、私は何をすればいいんですか?」

可愛らしくも艶めいた美少年に化けたの言葉に絳攸は少し目を逸らし楸瑛はぷっと小さく吹き出したのだった。






















『俺は主上付きになってしまって黎深様の仕事が溜まるばかりだから手伝いを頼む』

他の官吏が聞いたら無理難題甚だしい台詞だがはあっさりと頷いた。

そして今に至る。

「黎深様?この書翰が済んだらお茶にしましょうか」

僅かな時間であったが書翰の海、いや魔の樹海になっていた尚書室の床が見えることになった。

それは上司がめったに・・・本当に一年に一度あるかないかの本気を出したからで。

その奇跡に悪鬼巣窟の吏部と呼ばれる部署は一気に忙しくなった。

廃人になろうともこの仕事をやり遂げて家に帰ってみせる!

悪鬼・・・ではなく吏部在籍している者達のココロは一つになった。

半月前に吏侍郎が主上付きになってから下がりまくっていた能率がぐんと上がった。

そしてその奇跡を起こした侍童はこぽこぽとお茶を入れていた。

。その、これでいいかい?」

仕事を終わらせた黎深はさらさらといくつか紙に書き留めて見せた。

「これは高価すぎます。知らない人から貰うには無理です。もう少し安くていいかと」

、とはの偽名である。

適当につけた名だが呼ばれるとやはり少しだけ違和感を感じる。

「そ・・・そうか」

知らない人のくだりでがっくりと落ち込んだ黎深に苦笑する。

「そうですね、秀麗に何か贈り物をするならきっとお米が喜びますよ」

「なに!?本当か!!」

「はい。その場合は邵可様にもお手紙をお書きすることをお勧めします」

いそいそと書き物を始めた雇い主を横目にすることがなくなったなと急須を片す。

最初の一刻は塵捨てだけで終わったようなものだが秀麗と友達になったことを告げた黎深に仕事が終われば秀麗が喜ぶ贈り物を

教えて差し上げますよと言った瞬間嬉々として仕事を初め終わらせてしまった。

吏部尚書の実力を見て凄いです、黎深様と尊敬の眼差しを送ってしまった。

そして何故だか室を追い出された。

理由は『秀麗と兄上に書く手紙の文を考えるから少し席を外して欲しい』だった。

綺麗に片付いた尚書室とは違い吏部下官の詰めている部屋には書翰の山で。

「あのー運ぶ書翰がありましたら持って行きますよ」

自分のできることを探すこと。

それは賃仕事の第一歩だ。

の言葉にギラリと悪鬼どもは反応してばさばさばさっと書翰の山を作った。

ざっと見ても二三往復はしなくてはいけなさそうだ。

「ではいってきます」

親切な悪鬼官吏の一人に地図を描いてもらってはよたよたと書翰を抱えて外朝を彷徨ったのだった。
























「うーん・・・」

は一人書翰を眺めつつ唸っていた。

地図のお陰で迷うことなく工部・兵部・礼部と回れた。

残すは一箇所。

目の前の扉を開けるか迷っていたが意を決して扉を叩いた。

「失礼します」

中を見れば吏部に負けず劣らずな膨大な書翰が山のように重ねられている。

「黄戸部尚書はいらっしゃいますか?」

いないわけがないと思いつつ聞けば案の定、尚書室にいるらしい。

断りを入れて入れば其処はやはり書翰の山だった。

「柚梨か。其処の書翰とこっちの方にも目を通しておけ」

くぐもった声は書翰の山の中から聞こえた。

「あの、鳳珠様。お持ちした書翰は何処に置けば宜しいですか?」

「・・・!何故此処にいる、しかもそんな格好で」

仮面の下では多分神の奇跡ともいえる美貌で眉を顰めていると思われる。

「お仕事です。黎深様の所で。今はと名乗ってます。この書翰を運んできたのですがこれとこれは鳳珠様にだと思います」

持っていた書翰の半分を差し出す。

「あとこの二枚の計算は間違っていましたがどうしますか?」

鳳珠は無言で差し出された二枚を眺めた。

、・・・いやか。暇なら手伝ってもらえるか」

「喜んで」

景柚梨戸部侍郎が宝物殿を見回って帰ってきた時には室は綺麗に片付けられていて仮面を取っている友人であり上司の姿と

隣でお茶を注ぎながら書翰について意見を述べているよく知っている少女の男装姿に驚いたのだった。