自分が秀麗の立場になった時同じように笑える覚悟をしようと心に決めた。
それは思ったよりもとても早くに来たのだけれど。
笑っていよう、彼のために。
あの寂しがり屋の王さまが幸せの片翼を見つけたことを祝福できるように。
大好きな二人だから。
初恋は実らないものと決まっているから。
様子がおかしい私を心配して鳳珠様は仮眠を取ると言って景侍郎まで追い出してしまった。
ちゃっかり黎深様は残っているのだけど。
「どうした、何があった?」
天上の調べとも言えるような声には心配してくださっている様子が滲み出ていて申し訳なくなる。
「、黙っているつもりか」
黎深様の言葉に彼はわかっているのだとわかった。
頷けば黎深は不機嫌極まりないという顔をして拗ねてしまった。
鳳珠様は鳳珠様で喋ろうとしない私と黎深様の様子に無理に聞きだすことを諦めたようだった。
「、時期が来れば私にちゃんと話すと約束しろ」
「はい、ごめんなさい。鳳珠父様」
劉輝のことはまだ誰にも言えない。
秀麗と彼が出会った後にならきっと笑える。
きゅっと小さい頃のように鳳珠様の上着の裾を握っていればふっと笑われた。
「まるでお前と出会った頃のようだな」
よしよしとあやす様に頭を撫でられて首を傾げる。
「覚えてないか?いつも家では私の裾を握り締めて後ろを歩いていた事を」
「何っ!そんな可愛いなら私も見たかったぞ!鳳珠の上着より私の上着を握りなさい」
「お前はまた馬鹿な事を。あの時忙しいと来なかったのはお前だ。、今日は一緒に帰るぞ」
優しい二人にありがとうございますと礼を言って暫く邵可様の話や絳攸と楸瑛様の話をした。
「そろそろ私は秀麗の側に戻ります。鳳珠様我侭な養い子でごめんなさい。黎深様も」
「もっと自分のことで我侭を言ってもらいたいものなのだがな」
「私は構わないぞ。君も怪我には気をつけるんだよ」
甘やかしてくれる二人にもう一度礼を言って府庫へと足を運んだ。
きっと劉輝と秀麗は出会ったはずだ。
ちくんと痛む胸を押さえて二人の姿を探したのだった。
それから五日、劉輝は藍楸瑛と名乗って秀麗とお茶している。
「あああ、とっくにバレてるよって教えてあげたい」
綺麗に着飾った秀麗はまさに深窓のお嬢様だった。
劉輝の隣にいるのに相応しい。
その身に流れる血も全てが誂えたようなお似合いさだ。
けれどは秀麗の夢が王の妃ではないことも知っていた。
彼女はもっと強い。
自分の力で道を切り開く努力をしたいと思う女の子だ。
それは同じ夢を持つ仲間として頼もしくもあり眩しくもある。
そして劉輝にとっては・・・。
霄様から秀麗との契約を聞いて絶句した。
同時に何故彼が茶太保より上を行く先王の片腕と言われるか理解した。
『望むものを』
きっと劉輝は兄を待っているのだとわかった。
でも一人は寂しい。
寂しくて辛い。
そこに秀麗のような全てを受け止める人が現れたらどうなるだろうか。
これは賭けなのだと思った。
国の命運を賭けた。
そして選ばれた秀麗が羨ましくもある。
「私には高貴な血は流れてないもんね」
隣にいるには相応しくない。
望むのは一つ。
彼がどうか王になるように。
王になって何時の日か秀麗と結ばれますようにと。
それまでにはいくら私でも恋人が出来ているだろうといかに自分がモテているのか気付いていない辺り大人物なだった。
王は、劉輝は秀麗を受け入れた。
悲しいけれど嬉しい。
複雑ではあるけれど孤独な王は確かに今、たった一つを掴むことが出来たのだ。
「で、劉輝兄様。私に何の用?」
もう敬語なんてすっかり抜けてしまった。
ドキドキしてたのが嘘みたいに今では隣にいるのが心地いい。
きっと恋に舞い上がっているのが落ち着いて今は家族色になってきたせいだろう。
顔を近づけられても別になんともないし。
「秀麗に毒を盛ってる人間がいるんだって?」
「・・・良く気付いたな。明日、楸瑛と絳攸に花を渡すことにした」
花を渡すということは王からの忠臣という意思表示だ。
「なんの花を渡すの?」
「明日の楽しみだ。、渡す役は頼んだぞ」
「うん」
ちくんと刺さったままの棘は少しだけ痛むけど信頼を裏切りはしませんとゆっくりと瞼を下ろした。
翌日、指示された花を聞いて驚いた。
同時にこれは二人とも受け取らないわけには行かないだろうと苦笑した。
「劉輝って意外と見抜いてるのね。賢王になれるかも」
なって欲しいと思うはそう呟いて、急ぎのために庭園に生えている生花を手折って二人のいるであろう場所へと足早に向かった。
「――李絳攸様、藍楸瑛様」
人気のない回廊で呼び止めたら少しばかり驚いた表情をされた。
礼をしてできるだけ恭しく差し出す、花。
「――主上から言付かって参りました」
「主上から――これを私達にと?」
「はい」
手にあるのは二輪の花菖蒲。
急ぎゆえ生花ですと言えば思った以上にあっさりと楸瑛様は受け取った。
「―君は、どうするんだい?」
楸瑛との視線が絳攸に向けられた。
「―主上に承りましたと伝えてくれ、」
「はい。またね絳攸、楸瑛様も」
花の笑顔を残して去ったを見送って深々と絳攸が溜息を吐いた。
「・・・まさかお前があっさり受け取るとは思わなかったぞ、楸瑛」
その言葉に苦笑して二人は期待されている『王の花を守ること』に取り掛かったのだった。
「秀麗がいないですって!」
影から入ってきた情報に慌てて府庫から飛び出せばどこかに向かう邵可様の姿。
いつもとは違う姿、まとう気配にまさかと足早に後をつけた。
そして知らされた衝撃的な事実にただ驚く。
彼が黒狼だということ。
綺麗な珠翠さんが風の狼の一員であったこと。
茶太保が紅貴妃の秀麗暗殺の黒幕だった事実を。
邵可様の腕はが手助けする必要などないものだった。
むしろいくら強くとも一人も殺めたことのない身での援護など無用だろう。
だからは彼の元へと向かったのだ。
自分に出来る唯一のことをするために。