許されたいと願うのは心に疚しいものがあるからではなく、相手への想いがあるから




















「えっと・・・ごめん、ね?」

パクパクと口を開け閉めしている友人に謝る。

多分私が彼女だったら同じくらい驚いただろう。

同じ目的を持ち続けている目の前の人物に出会ったのは胡蝶のいる姮娥楼だった。

同じ年頃で話しているうちになんでかそれに向けての勉強としか思えない知識の欠片を其処此処に感じて思い切って聞いたのだ。

何を勘違いしているのだと馬鹿にされるのを覚悟して。

女の子がなれるわけがないと笑われることも覚悟の上だったのだけど。

多分この国でこんな夢を持っているのは自分ひとりかと思っていたら違った事実が嬉しくてぽかんと驚いてる彼女の手を取って大喜びしてしまったのだ。

その日から続く友情も今日でお終いかもしれないと思うと切なくなる。

大好きで大好きな親友なのに。

「本当にごめんなさい、秀麗。私、どうしても・・・その、折角の機会だしって・・・ごめんなさい」

ずるいと言われるかと思ったが秀麗はかぱーんと開いた口を慌てて閉めて笑った。

そう、笑ってくれたのだ。

「何言ってるの!大体折角の機会は活用しなきゃでしょ!確かに羨ましくないと言ったら嘘になるけど・・・」

「うん・・・」

「でもね、こういう機会は二度とないかもなのよ!人に遠慮しないで頑張ればいいの」

「・・・秀麗の分も頑張る」

抜け駆けしたと罵られはしなかったけれどやはり罪悪感がチクチクと心を刺す。

それと同時に自分が秀麗の立場になった時同じように笑える覚悟をしようと心に決めた。

「で、今日はそれだけじゃないんでしょ?何の用なの?大事なお仕事を放り出して来た理由は」

秀麗の差し出してくれたお茶を両手でそっと包む。

芳醇なお茶をこくりと飲むと一緒に居た邵可様と視線を交わして頷いた。

控えめに同席していた静蘭さんと秀麗は不思議そうな顔をしている。

「あのね、・・・」

私は秀麗のお母上で邵可様の奥様に拾われて今までのことをざっと話した。

義父となってくださった鳳珠様のことは少しだけ伏せて。

秀麗が貴妃となった時に政治的陰謀に関わらないように。

「そうなの。縁があるのねぇ」

「良い方に拾って頂けて良かったですね」

二人してのほほんな言葉に邵可様の家族だなあと笑ってしまう。

「凄い偶然よね。秀麗と同じ夢を見てる私が昔ここの奥様に拾われてるなんて。静蘭さんの言うとおり凄く良い方に拾って頂けて私幸せだった」

勿論今もと笑えばわかりますよと返されて照れくさくなる。

「大事にされているんだとわかります」

「静蘭の言う通りよ。最初逢った時はってばとーっても深窓のお嬢様に見えたもの」

「今は?」

「今は勿論私の親友以外ないでしょ?」

「・・・ありがと、秀麗」

浮かびかけた涙を気力で押し留めると肝心のもう一つ目の用件を切り出した。

「でね、私も貴女付きになるから」

霄さまにこっそりと頼んだお陰で雑用をする係を得た。

基本的な護衛は武官の皆さんや紅家の影と呼ばれる者達がするらしい。

はそれとは別に秀麗を守るつもりだった。

きっと王が秀麗という貴妃を得たら何かが変わる。

その確信と共に理屈ではなく何処かで警鐘が鳴り響いていた。

秀麗が危ないかもしれない、と。

そしてそれを防ぐ努力をしたかった。

こんな予感は外れて欲しいと思うのだけれど。

自分に出来ることをさせて頂戴と笑って渋る秀麗を宥めた後、それではお邪魔しましたと邸宅を辞したのだった。






















「暇、ですねえ」

黎深様の様子は芳しくない。

可愛い可愛い姪の秀麗に存在すら知られていないのにぼんくら王(黎深談)の嫁になってしまったと嘆いていて吏部は一時機能停止状態へとなりかけた。

氷の長官と呼ばれる男が河というか海になるぞというくらい滂沱の涙を流しているのだから仕方ない。

鬼の目にも涙と些か意味の違う諺を思い出した者も多数いたらしい。

「まあさっき差し入れでお饅頭を渡してきたので今日と明日くらいは黎深様も大丈夫だと思いますけど」

府庫に居て本を読めるのは嬉しい。

知識を頭に詰めることは大好きで新しい知識というものは一日三食のご飯と同じくらいに好きだから苦ではないのだが。

「暇、ですねえ」

霄様達は今頃貴妃と会おうとしない王と秀麗、いや紅貴妃をどう逢わせるか密談でもしているのではないだろうか。

横で今にも切れそうな絳攸へのカウントダウンを始めつつはのんびりと窓向こうにある桜へと視線を向けた。


















「今日も収穫なし、かあ」

秀麗の身の回りに異常はなく鳳珠様を初め黎深様までもがの行動を止めていた。

、友人の身が大事なのはわかるが自分を危険に巻き込んでまで助けられてもその相手は喜んではくれないぞ』

『大丈夫だ。秀麗は紅家の影が守る。だから、無理はしないでくれ』

二人共に心配してくれているのはわかった。

だけど出来ることをしないでいることが出来ないのだ。

謝って何でか知らないけれど二人して溜息を吐いた後それぞれと明日の昼にお茶をしたら許してくれるという。

そんなに甘やかされると困ると思うのだが

『私は単に仕事の効率を上げる手伝いを頼んでいるだけだ』

『私は・・・その、仕事・・・そうだ!兄上の話をしたいだけだぞっ』

二人ともそれぞれの言葉にはい、お約束しますと頷いて夜の見回りをしていたのだが。

「そなたは見たことがないな」

「は・・・?」

目の前にいつの間にか人が立っていた。

気が付かないほどぼうっとしていたのだろうかと我に返るが時すでに遅く右手首を引っ張って部屋へと連れ込まれた。

「今日の侍官はまだ来ぬからな。そなたで構わん」

「は・・」

ぎゅううっと抱きしめられてしまって慌ててしまう。

ばれる。

ばれてしまう!

「ん?そなた・・・女か」

「・・・あ、はい」

ばれてしまった。

処刑かなーと思いつく限りの神仏を浮かべて守れなかった約束を思い出す。

鳳珠様、ご恩を返せずにすいません。かくなる上は素性を黙してご迷惑はお掛けしませんから。

ぎゅっと心の中で美しい大事な人に謝った。

「では抱かない。理由も聞かないから・・・一緒に寝てくれ」

零れるような小声に闇が揺れる。

「は・・・闇が、恐いのですか?」

相手の顔は見えない。

けれど抱きしめられているから彼が微かに頷いたのがわかった。

「闇は嫌いだ」

「・・・いいですよ。寝るまで何か吹いて差し上げましょうか?」

調度持っていた笛を取り出して口に当てる。

すべらかに流れる音にゆるゆると力を緩めた男はそれでも縋るようにに身体を寄せて眠りに落ちた。

闇が嫌いだった。

静寂は嫌ではなかったが世界でただ一人自分しかいないような錯覚。

悪夢は何度で押し寄せた。

恐くて。

恐くて恐くて。

何度恐ろしさに息を詰めていただろう。

救ってくれる両親の腕を求めていたかつての自分を思い出しは自分の腰に回る腕を優しく撫でるとその場から抜け出そうとした。

が、できなかった。

「まあ、しょうがないかなあ」

鳳珠様が心配しないといいけれどと思いつつ今日は府庫に泊まると言っておいて良かったとゆるゆると瞼を閉じたのだった。
























「・・・主上であらせられましたか」

昼前に中庭に呼び出されたは現れた青年の姿に昨夜のことを理解した。

そして跪拝しようとして押し留められた。

「跪拝はいらない。敬語もだ。そなたの名はなんと言うのだ?」

・・・です。黄です。此処ではと名乗ってますけど」

その言葉に主上、いや劉輝は目に見えるほどうろたえた。

「ま・・いや、だが・・・・黄とはもしかして・・・」

「はあ、義父は戸部にて尚書をしてます」

ぴぎゃっと変な音を出して劉輝は飛び上がった。

「ききき昨日の事は過ちだ!いや、何もなかったのだが、その、・・・・黄尚書には昨日のことは?」

「言ってませんよ。忙しかったので逢えてないんです。これからお茶をするのでその時にでも」

「言わないで欲しい!」

まだ余は嫁を貰う訳にはいかぬのだと言われて暫く躊躇う。

いくら主上、劉輝様の頼みでも鳳珠様に嘘は吐きたくない。

「では聞かれなかったら言いません。それで良いですか?」

「なるべくなら言わないでくれ。それと昨日はありがとう」

礼を言われてはにこりと笑った。

「いいえ、私も大きな犬と寝た気がして楽しかったです。あ、そうだ」

は目の前の王を何故だかとても気に入ってしまっていた。

それは暗闇が恐かった過去があるせいなのかもしれない。

「どうした?」

「いえ、不遜でなければ劉輝様、いえ劉輝のことを兄様のように思わせて頂いてもいいですか?それなら家族だから一緒に寝ても大丈夫です」

実は私も暗い所とか雷の鳴る嵐の夜とか嫌いだったんですと笑えば劉輝は少しだけ驚いたような表情をした。

「そう、か。余ものような可愛らしい妹分は大歓迎だ。もう暗い夜は恐くないのか?」

その問いに気遣いを感じてはいと答えた。

「ほ・・義父が助けてくれました。暗い夜も雷雨の日も一人で泣いていた私を救ってくれたんです」

「余の兄上のような存在なのだな。なら嘘も吐けないのは当たり前だ!、今日から余の妹なのだから暇な時は逢いにきてくれるか?」

大きな手が頭を撫でてくれてそうですねと考えた。

「寂しいんですか?」

「いや・・・ああ、そうかもしれないな」

散る桜を見上げた劉輝には見惚れた。

なんて寂しそうな表情をするのだろう、この人は。

「・・・しゅ・・いえ、今日のお昼過ぎに府庫へ行ったらきっとその寂しさは無くなります」

秀麗がいるから。

紅家の長姫で優しくて強くてしなやかな女の子が貴方を待っているから。

「劉輝兄様、私は貴方も大好きですよ」

は込み上げそうな涙を押し留めてゆっくりとその場を立ち去った。