邵可様は優しい人ですね。

そう言ってぽろぽろと溢れる涙が頬を伝う。

私は優しくないですよと言っても首を振り悲しげな笑顔で優しいといい続ける少女。

その悲しそうな表情に何処かあの人の面影を見て久方ぶりに泣きそうになった。



















黄尚書の養い子の事は弟からよく聞いていた。

弟が自分と秀麗以外に興味を持つことは殆どない。

珍しいこともあるものだと機会があれば会ってみたいと思っていたのも確か。

その養い子が自分の娘秀麗と賃仕事仲間でしかも女人官吏志望だという事までは想定していなかった。

「昔、邵可様と奥様に拾われた事があるんですよ」

静蘭さんで思い出したのですがと笑う姿に奇遇ですねと返した。

その後に鳳珠殿に拾われたというのだから縁があることは間違いないだろう。

「奥様がとても美しく優しい素晴らしい方だった事は幼心にも焼きついております」

深々と頭を下げた少女にありがとうございますと返した。

本人が居たらこそばゆいと照れていただろうなどと思いながら。

秀麗はの事をとても気に入っていて姉妹のようだし静蘭もの前では地を見せる事ができているようだった。

「強運を持っている・・・のかな」

黎深といい、静蘭といい気に入られるには余程の偶然と必然な切欠が必要だ。

よくよく観察して見ればそうでないことは直ぐにわかった。

笑顔を絶やさず不平不満を零さず賢くある愛らしい少女だ。

それだけでも普通ならご近所で評判の娘さんだろう。

料理の腕も一応黄家のお嬢様なはずだが料理人顔負け。

そして何より努力家で他人の感情に聡い。

「本人ゆえに運命からも愛されているといった所か」

そう結論つけてお茶を注ごうとすればそっと隣に気配を感じた。

「邵可様、お茶なら私がお入れしますよ」

にこりと笑う笑顔に笑顔で返す。

この時はまだ彼女の本質を表面的にしか私としたことが見れてなかったのだけれど。

























「いつか絶対に殺しに行きます」

そう言って去る時に駆けて来る小さな姿が目に入った。

あれは・・・。

「邵可様!?・・・霄様は何処に・・・っ」

「く・・・霄太師なら向こうに」

の鬼気迫った様子と先ほどまでの黒狼としての意識が僅かに残っていて慌てて繕った。

危うく糞爺と言う所だった。

バレはしない。

そう高を括ったのが間違いだった。

邵可の笑みを浮かべて見れば驚いたような表情とかち合った。

「・・・なんでそんな表情をなさるんですか?」

「何を言っているんです?」

は何処か言いたい事を探して上手い言葉が見つからないのかもどかしい様な表情をした。

「私は・・・霄様に秀麗をあんな目に合わせたお礼をしに来ました」

殴ってやりますよと拳を握った少女にいい気味だとくそじじいに内心笑った。

「そうだね、霄太師は君が気に入っているようだしね」

「邵可様・・・こんな時は笑わなくていいんですよ」

冗談めかした言葉の重さに気付かない振りをする。

「そうかな。・・・まあ此処に来たなら君もあの人の悪巧みを悟ったっていうことだろう?」

秀麗は無事だからいいんだよと笑う。

全ては王のために。

「そうやって全てを飲み込まないでください」

すっと両手を取られて握られた。

眼差しはどこまでも真っ直ぐだ。

「邵可様は優しい人ですね」

言われた言葉が思いもしなかった言葉だったからただ否定した。

「私は優しくないですよ」

いつもの笑顔で。

いつもの口調で。

変わりはないはずなのに。

「いいえ。いいえ、邵可様は優しいです」

首を振り必死で言葉を紡ぐ。

「邵可様は秀麗のお父様で静蘭さんのことも大事に思っててでも国も大切だからっ・・・」

霄様のことを許してあげたのでしょう?

ぽろぽろと零れた涙に既視感を覚える。

「邵可様はとても、とても優しい人です」

泣きながら微笑む姿はかつての自分を良く知る女性と重なって見えた。

自分のことで泣いてくれる人に家族以外では久しぶりに出会ったなとか邵可はぼんやりと思っていた。

「邵可様、私は邵可様の分までしっかり霄様に落とし前つけて来ますから」

がしっと掴んでいた両手を握りしめてふっと離された。

「・・・っ!」

駆け出した背中に声を掛ければ暗闇の中振り向いたのがわかる。

多分向こうからは表情は見えないだろう。

が、邵可からは少女の赤く腫れた瞳や泣き濡れた頬を見ることが出来た。

「ありがとう」

その言葉に力を得たように走り出す背中を見送る。

自分はもう一人の子供の所へ行かねばならないとわかっていたから。

「私は君にとってどんな風に見えるのかな」

かつて妻となる薔薇姫を得る前に抱いた淡い淡い想い。

その人に似た少女にいつか聞いてみようと心に決めた。

『邵可様は優しいです』

そう言ってくれた少女の期待を裏切らずに済めばいいと邵可が思うようになるのはもう少し後。