垣間見えた世界の理。
まだ世界は不透明で私には見えなくても何かが起こること、それだけはわかっていたから。
「流石・・・茅炎白酒ね」
なんだか凄く自分が臭い気がする。
強いて言うなら酒につけたお漬物のような気分。
近くにある知り合いのお茶屋さんで試飲のお茶を貰って匂いを消そうと努める。
「・・・まだちょっとお酒臭いかなあ」
一緒に居た飛翔さんも結構お酒臭かったからなあと衣をくんくんと嗅いでみる。
一応持っていた香で中和してみたのだがあまり効果はない、様子。
「仕方ない、時間がないし」
特大の奈良漬かと思ったなんて言われないといいなあとはご馳走様でしたとお茶のお礼と共に購入した菊花茶を持って紅家へと歩き出した。
「ここらにいる、はずなんだけど・・・まあ騒ぎが起こる場所にいるわよね」
知り合いの姿を確認するが見当たらない。
読み間違えてはいないはずだからきっとズレたくらいだろうか。
「お邪魔します」
門番も居ない邸宅にはそっと足を踏み入れた。
そして懐かしい人と再会する。
「―今すぐ回れ右して出てけ」
「うお、なんて冷たい言葉。姫さんはに負けず劣らずあんなにいい娘なのに」
「当たり前だ。別の邸の前で・・・今なんと言った?」
静蘭は彼には珍しく聞き返すという愚行を犯すことを自らに許した。
今、この目の前の男はなんと言った?
「冷たい言葉」
「その後だ」
「姫さんとは良い娘って奴か?」
「お前なんで―――」
静蘭の問いかけが終わる前にひょこりと顔を覗かせたのはだった。
「燕青、折角のご飯が冷めちゃうよー・・・って静蘭さんお帰りなさい」
静蘭は慌てて燕青の首元を締め上げていた手を離した。
「様、私の事は静蘭と呼び捨ててくださいとお願いしてたはずです」
いつもの言葉がするりと出た。
「ごめんなさい、静蘭。で、もしかして二人は知り合いだったり、する?」
「違っ――」
「そうなんだよ。めちゃ凄い偶然でびっくり」
もいるしと言って燕青はくしゃりと躊躇い無くの頭を撫で髪の毛を梳いた。
それは静蘭にはできないことで。
「やっぱり捨ててきても良いですか」
にこりと笑った静蘭に慌てる燕青と不思議がるの姿に呼びに来た秀麗は目を丸くしたのだった。
「燕青、うちに来たら?」
きっとお義父様もお話を聞きたいはずと言う言葉を飲み込んだ。
燕青の立場の危うさを思い出して。
あれは確かあの場所でのみ有効で彼の人の力があったからこそではなかったか。
「そーだなー・・・」
「いえ、コイツは出来ればお嬢様の側にいて貰います」
私は出かけないといけないようですからと笑った静蘭の笑みの裏の裏の表を読んだ絳攸と楸瑛はひくりと頬を引きつらせた。
絳攸は特に強力すぎるライバルの出現に顔面を蒼くしかけたがの側にいるよりはと何も言わず箸を動かした。
肝心な話は此処からだったから。
「ひと月ほど朝廷で働く気はないか。後宮じゃない――外朝で」
秀麗の顔に驚きが走った後、躊躇い無く頷いた時の表情を見てはそっと俯いた。
自分には『それ』はできないことだったから。
「すまない、だがこれはでは無理だ」
絳攸に謝られたのは秀麗が料理を作っている時だった。
手伝っていたは呼ばれて庭先でこれから秀麗に外朝で働くことを持ち掛けるといった絳攸に最初喜んで賛同した。
春から夏に掛けて自らも夢の場所で働いたのだ。
一時とはいえ大変でも幸せな時間を過ごせると知っているから喜んだのだが。
「場所は・・・・戸部。お前の、いや黄尚書の雑用係になるだろう」
「・・・そう、ですか」
『それ』はが望んだ場所だった。
少しでも彼のために。
「お前は、彼の養女だから。女人の国試導入を認めさせるには他の女人・・・秀麗でなくては駄目なんだ」
すまないと言われて頭をぐるぐると回った疑問。
「それは・・・鳳・・・義父様は反対されてるってこと・・・」
「ああ」
頭を占めていたのは沢山の何故ともしかしたら夢が叶う機会があるかもしれないことと今の自分では誰の役にも立たないこと。
「じゃあ、仕方ないわね」
部下になったら養女だからと甘やかすような人ではない。
けれどそれが他の人間にバレた場合には養女だからと言われかねない。
やはり秀麗しか出来ないことなのだ。
「私に、出来ることって・・・ないのかな」
ぽつりと零した言葉は背を向けていた絳攸にも届かず花の蕾さえない庭に零れて消えた。
秀麗が外朝で働くようになって早くも数日が経った。
評判はすこぶる良い、らしい。
「鳳珠様の仕事量は半端ないものね」
侍僮として居た時垣間見た義父の姿に感心したものだ。
よく邸に帰って来れるなぁと。
それくらい量は多いし細部まで見落としの効かないものばかりだった。
・・・当たり前だが。
「秀麗頑張ってるかなあ」
絳攸の思惑はともかく秀麗は生き生きと大変そうだが楽しそうに働いている、らしい。
この猛暑で人手不足らしいので大助かりなんだろうなと私も手伝いたいと言いたいのをぐっと堪えた。
「さて、私も仕事を・・・これ・・・」
負けていられないといくつかある仕事の要請の書翰に目を通していたら手が止まった。
金額は破格、とまではいかないが条件が良かった。
何より雇う相手が相手だ。
「・・・何を・・・考えてるのかなあ」
は暫くそれを見つめていた後にお受けしますと書いた手紙を家人に頼んだ。
「霄様?私は何をすればいいんですか?」
呼ばれたのは宮城。
相手は三師の一人、霄太師だった。
「誰もがこの壷を狙っているのだ。囮でわしが逃げる間には見ていてくれ」
「はあ」
壷を見がてら勉強していなさいと言われ目の前にはうず高く詰まれた本。
しかもそれは希少な本ばかりでとしては願ってもないこと。
「でも、これではお金を頂くのは・・・」
むしろ自分が払わなければならない高待遇には迷った。
「気にするでない。出世払いというやつ・・・というのは冗談で饅頭を私の為に作ってくれて私の為に茶を淹れてくれれば」
いいのだといつの間にか一人称が私になっているあたり霄の本心は丸わかりなのだがは話が上手すぎて悪いなあと悩んでいた。
「それとも出世払いする自信がないのなら構わんが」
「・・・お気持ち、有難く頂きます」
少し意地悪を言われてつい答えてしまった。
まるで夢を諦めたのかと言われたようで否定したかったから。
「・・・霄様は本当に意地悪でお優しい方ですよね」
苦笑交じりに言うの言葉に劉輝を初めとする邵可など迷惑を受けた人々は騙されるなと言っただろうが此処には二人しか居ず。
ただの言葉に少しだけ照れてそっぽを向いた霄の姿があったのだった。