帰ろうと思ったのは昨夜のこと。

約一月程も帰らなかったのはこの彩雲国を旅した時以来だ。

けれど一月掛かってようやく決心が付いたのだ。

公私混同なんて言ってられない、と。

どんなに義父を困らせる事になったとしても夢を諦められないのだと言おうと。

『私か秀麗が合格しますから』と。

「秀麗を巻き込むのは駄目かなあ」

卑怯だよねと呟きつつもその瞳に迷いはない。

また一つは官吏となる為の欠片を手に入れた。

それは誰にも譲れないモノのためにはどんな手段でも選ぶということ。





















「ちゃんとご飯、食べてるかな」

心配事を口にしてみる。

毎年夏になると義父の食欲はがくんと落ちるのだ。

美しい人はやつれても美しいけれどとしては大事で大好きな義父にやつれてなど欲しくはない。

「秀麗がなんとかしてくれてる・・・と思うんだけど」

お茶してくれてるといいなあと片隅に置いていたお茶器類に思いを寄せて歩いていたらふと、目に付いたもの。

「えーっと・・・これって燕青?」

確かに彼が此処に来た理由はわかっていたけれどこんな事になっているなんて邵可様達に迷惑掛からないと良いけれどと呟いた。

勿論、燕青の強さは知っているので大丈夫だとわかってるけれども。




















「ただいま帰りました」

途中で秀麗に会おうかと思って向かっていたのだが道半ばであまり人相の良くない男達の会話が聞こえて引き返すことにした。

『黄東区の邸宅に例の男が・・・』

それは勘ではなく確信だった。

燕青を扱き使ったからきっと少しくらいいいかなーと思われたのだろう、と。

そしてそれは見事に、見事なまでに的中していたのだった。

家人にお館様は離れにいらっしゃるようですと言われて向かう。

其処ではばったりと絳攸と出くわした。

「絳攸!」

!なんでお前が・・・今日に限って帰ってきたのか!?」

なんて間が悪いんだという言葉にむっとする。

自分の身は守れないほど弱くないし"我が家"に皆が集まっているのに蚊帳の外というのも嫌だった。

「何があるかはわかってる。私は燕青を知ってるから」

彼が何者だったかも。

の言葉に僅かに驚いた絳攸はそうかとだけ呟いてそして見計らったように入ってきた仮面の主に絳攸は上司に対する正式な礼を取った。
















「私はお邪魔ですので失礼します」

は一礼すると部屋を出た。

鳳珠様は何か言いたそうだったけれど絳攸は吏部の人間として官吏として礼をしたのだ。

戸部の長である鳳珠様に。

そこにはまだの入れる余地は無い。

自分の話はその後と退室してからふと馴染んだ気配にひょいと灯りの付いた室を覗く。

「秀麗!」

其処に在った友人の姿に暫しびっくりしつつもやっぱりなと苦笑を零したのだった。
















「で、なんで曜春までいるの?」

秀麗に葉医師と知っている人物ともう一人。

室にいた人に驚いた。

「知ってるの?私には訳がわからないんだけど」

手にはなんでか彩雲国に唯一無二の王宮宝物庫の鍵。

「うん・・・なんか茶州まで旅してた時に知り合ったというか」

あははと乾いた笑いを零すのはなんとなく予想が付いたからだ。

彼らがどんなに突拍子もないかは十二分に経験済みであるは鳳珠のこんなにも早い帰宅理由がわかった。

多分、原因はこれだ。

「で、それよりもがなんでここに?」

「えーっと・・・」

嘘を吐くことも嫌だったがどうすればいいのかなあとは椅子に腰を下ろしてゆっくりと喋り出した。




























「というわけなの」

黙っててごめんなさいと謝ればぽかんとした表情。

それもそうだろう。

「じゃあ此処は黄尚書の縁の邸宅では黄尚書に育てられたってこと?」

じゃあさっきの綺麗な人もお知り合い?と聞かれてうーんと答える。

本当のことを言うべきか。

でも此処は本人が言わないのだからと誤魔化すことにした。

「そう・・ね、知ってる。とても大事な方なの」

拾って、育てて、愛してくれた。

とても美しい人。

「そう、でもよかったわ」

「怒らないの?」

黙って霄太師の下で勉強していたことを。

「何故?折角の機会なんだから生かさないと勿体無いわ!これがでなくって別の人なら私に代わって欲しいって騒ぐかもだけど」

一生懸命勉強したのでしょうと言われて頷いた。

秀麗が鳳珠様の元で働いているのが羨ましかったからと呟いた声は秀麗の耳には届かなかった。

「ね、復習も兼ねて私にも教えてくれない?」

「うん、ありがとう」

お礼を言うのは私のほうよと笑う秀麗の姿に凝っていた気持ちがゆるゆると溶け出した。

恋は終わってしまったけれど。

主上が、劉輝が、寂しい孤独な王様が選んだのが。

「秀麗で―――良かった」

大好きとぎゅうっと抱きしめた秀麗の体はとても柔らかくてお母さんのような優しい匂いがした。

どうか幸せに。

はゆっくりと彼女と彼女を待つであろう王の道を思い願ったのだった。