捨てられた子供にとって拾ってくれた人は世界よりも大事な存在となる





















物心ついた時には両親というものはいなかった。

いたのは『ホーム』と呼ばれる大きな家で怖いおじさんといつも忙しそうなおばさんと泣く子供たち。

「お前たちは捨てられたんだ。けれどいい子にしていたらきっと新しいお父さんとお母さんができる」

月に一回の沢山のお客さんが来る日の前にいつもおじさんは言った。

「可愛くお利口にしておくのよ」

そう言って釦の掛け違いがないかと確認するおばさん。

髪を慌しく櫛で梳かれるのは嫌だったけれど嫌いになって欲しくなくて我慢する。

「さあ、皆いいわね」

一斉に返事をした子供たちは列を作ってお客さんの前に並んで出て行く。

「今日は僕たち私たちの『ホーム』に来て頂きありがとうございます」

「ありがとうございます!」

少し年上のお兄ちゃんが言った言葉の後を追いかけるように復唱する。

お客さんは満足そうに笑って歌を歌う私たちを見た後にひそひそと声を落としておじさんやおばさんとおしゃべりをする。

今日もきっと誰かいい子がお客さんの家の子になるんだとわかった。

その数日後に私より少し大きいお兄ちゃんが『ホーム』を出て行った。

仲のいい友達のいない私を心配して世話をしてくれていた人だ。

悲しかった。

『捨てられた』私はお兄ちゃんとお別れをしなくちゃいけない。

いい子じゃない私はお兄ちゃんと一緒のお家に行くことはできないのだ。

貰ったボールを握り締めて泣くのを堪えようとするけれど無理で泣いているのをおじさんに見つかったらと思うと怖くてお庭のトンネルに隠れた。

いつもは大勢いるお庭には誰もいなかった。

しくしく泣いていたけれどだんだん寂しくなって終いには泣き止んだ。

「・・・ひっく」

飲み込んだ息はとても胸を重くしたけれどずりずりと這ってトンネルから外へ出た。

外は赤く燃えていた。




















「・・・・ここ・・・・・・どこ?」

いつものトンネルから出たら『ホーム』があるはずだった。

おとうさん、おかあさんのいるお家じゃなく、捨てられた自分の帰る場所。

けれどもまだ少し涙で滲む視界には汚れた靴が入ってる靴箱やボロボロの洗濯機のある水道や洗濯物干し場もなくて。

「おいっ!邪魔だ!!」

「キャアっ!」

どんっと背中を押されて両手が地面につく。

「ぼうっとしてんじゃねぇぞ!」

怒鳴られてびくっと肩が竦んだ。

こんな荒々しい声なんて聞いたことがなくて視線を上げれば荷車を押して慌てて走っていく男の人の背中が見えた。

ひりひりする手のひら。

けれどそこには土がついていて地面を覆っている舗装がないことに気がついた。

「・・・・ここ・・・・・・どこ?」

幼いながらにこの世界が自分の知らない世界だと悟る。

だって此処は電気もなければ水道もないみたいだから。

後ろを向いて出てきたはずのトンネルがないことに気がついた。

そこにあるのは夜の帳。

闇にひたひたと浸され始めた世界があって。

足早に立ち去る人々の中には手を繋いだ親子のものもあった。

「・・・・・かえりたいよう」

そっと呟かれた言葉が指し示すものが『ホーム』だったのかそれとも幸せな家庭だったのかは彼女自身にもわからなかった。





























その日、黄鳳珠は些か疲れていた。

王位はまだ定まっては居らず、王の座が空席なために官吏の仕事は捗らない。

今争っている皇子のうち誰がなってもいいからさっさと馬鹿な争いごとは止めて欲しいと思っていた。

自分に出来ることの少なさに歯噛みすることもしばしばで下っ端が何をしても変わらないと投げ出す官吏が多いことも鳳珠を苛つかせていた。

「自らしなくて何が変わるものか」

顔の造詣のせいで仕事にならないという苦情により仮面をつけてはいるが彼は顔以外ならとても男らしく素晴らしい人間だ。

最近など悪友が送りつけてくる仮面を使わねば勿体無かろうとつけてやるくらいには人間も出来ているのである。

ギッ

音を立ててが止まった。

まだ自宅には到着しないだろうにと怪訝に思うとふと幾ばくかの殺気に気づく。

「・・・・ほ・・鳳珠さま・・・・」

御者の男が震える声で主人の名を呼んだ。

その首には多分白刃が突きつけられているのだろうと想像出来る震え方だ。

「・・・・なんだ」

躊躇いもせずに外へと出る。

予想通り多勢に無勢とばかりに野盗のような出で立ちの男たちがにやにやと笑っている。

「お貴族さまには申し訳ねえがな、ちょっくら俺等に有り金全部譲ってくれるか・・・・ん?」

下卑た笑いをしながらふと視線が鳳珠の仮面に止まった。

「・・・・変態だ」

「・・・・貴族ってのは変態が多いのだな」

ボソボソとあちこちで呟く声がした。

余計な世話だと緊迫した状況なのだが言いたくなるのは致し方ないことだろう。

自分は変態ではないのだから。

「・・ま、まあ変態仮面の金とはいえ金の価値は変わらねえ。おら、さっさと身包み剥いでしまえ!」

気を取り直したらしい親玉はギラリと白刃を見せ付けるように光らせた。

「お・・お頭っ!この仮面はどうしますんで?」

「結構な細工モンだしな・・・・帰り際にそんな仮面で隠したくなる面を拝んで帰るとするか」

そう言いつつ笑う男に悲鳴のような声を上げる御者。

「そ・・・それだけはっ!?」

鳳珠の事情を知るだけに自分はあの顔の被害を蒙りたくないという叫びだったのだが親玉の男は気にも留めない。

「命だけは助けてやるぜ」

義侠な風を吹かせて見せるが仮面を取った時に自分の命がないなんて知るわけもない。

「・・・これを外せば確かに楽だな」

自尊心さえ目を瞑ればそれが手っ取り早いかと呟いたその時、物陰から白い物体が飛来した。

ボコン

「痛ぇ!」

丸い白いものは見事、御者に白刃を突きつけている男の顔に命中して隙ができた。

「・・・・ハッ!」

ひらりと鳳珠が舞った瞬間に吹き飛ばされる野盗の男達と無傷の御者と精々手が薄汚れた鳳珠の姿。

あっさりと形勢は逆転した。

「誰が変態だ・・・・」

仮面を外しそうな主人に御者は抜き身の刃を突きつけられているより動揺している。

ふっと鳳珠は転々と転がっている白い毬のような物を拾い上げた。

「出てきてはくれないか?」

「・・・強いんだね」

鳳珠が見たものは小さな薄汚れた子供の姿だった。




















「これはお前が投げてくれたのか?」

「うん」

こっくりと頷く子供にそっと手渡した。

「助かった。礼を言う」

「わるいひとたちはやっつけちゃったの?」

興味津々な様子にああと頷いてふと気づく。

「・・・・家は何処だ?この時間に外にいたら母親が心配するんじゃないか?」

鳳珠の何気ない一言は幼子に暗い影を落とした。

「・・・おかあさんも・・・おとうさんもいない・・・」

ぽつりと聞き取れないくらい小さな声にそうか、と返す。

しんみりした空気を打ち破ったのは意外と打たれ強かったらしい男の声だった。

「よ・・・よくも、俺を虚仮にしてくれたなぁ!!」

向けられた刃は鳳珠の手によって払われたのだが弾みで問題有と判断された顔につけていた仮面がはらり、と落ちてしまった。

「ひ・・・ひぇえええっ〜」

情けない声を上げる御者はばっと後ろを向いたが野盗の男は茫然自失。

言葉も自我も失って真っ白になっている。

「しまったな・・・・」

鳳珠は不意にもう一人観客がいたことを思い出す。

小さな子供だ。

どんな反応を返されるかわからない。

大抵気絶か泣き出されるかなのだが。

静かな様子に気絶かとちらりと見ればぱちくりと大きな瞳が向けられていた。

「・・・・・おにいちゃん・・・・だよね?」

「ああ、男だ」

確認を取られる程の美貌はある意味凶器だと職場では恐れられているものなのだ。

「・・・・・・すっごいきれい〜〜〜っ!!!」

「は!?」

自分とした事が聞き返してしまった。

しかし耳を疑ったのは仕方ないことだろう。

「すっごく!・・・すっごくきれいっ!わたし、おにいちゃんみたいなきれいなひとはじめてみた!」

そして素直に賞賛されて嬉しげに微笑まれることもあまり・・・いや、全くと言って良いほどないことで。

「・・・・・帰る場所がないなら私の家にくるか?」

「え・・・いいの?」

「名は?」

そっと髪の毛を指で梳いてやれば擽ったそうに笑いかけられた。

っていいます」

「私は黄鳳珠だ」

お前は今日から黄だ。と小さな身体を抱き上げた。

この小さな存在を面白いと感じたのが全ての始まり。