ゆらゆらと凍えた水面に映る月は煌々と全てを照らしていた。















「よく頑張ったな」

「ありがとうございます」

まずは適正試験合格ということで屋敷の皆から祝われて照れくさい。

公休日という事もあり屋敷には普段は多忙である鳳珠の姿もあった。

まだ会試でもないのになあと思うのだが何よりも鳳珠様達の暖かい心が嬉しい。

「これはどうやら黎深からの祝いの品らしいな」

部屋の隅に積み上げられた祝いの品々。

あの偏屈というか傲岸不遜を人にした男がここまで気を廻すのは珍しい。

他人を道端の草程度の認識しているような男だがどうやら酷く気に入られているようだ。

けれどそれも自らの養い子が魅力があると言う事かと思えば親馬鹿というのだろうが悪くもないと思ってしまう。

ただ、親として少しではなくこの人としてどうかと思える友に幼少時から関わらせてしまったという罪悪感はある。

良くぞ悪影響を受けずに真っ当に育ってくれたと思いつつ、その一番上に置かれた箱に手を掛けて開けた鳳珠はうっ、と固まった。

「素敵ですよね。黎深様から頂いたんです」

にこにこにっこり。

満面の笑みで笑う娘の姿に鳳珠は後で黎深に文句を言おうと心に決めた。

お前は当分屋敷に出入りを禁止する、と。

「これをどうするつもりだ」

その端的且つ単刀直入に尋ねた声はやや戸惑いを含んでいた。

「勿論、その贈り物に相応しい使い方をするつもりです」

愛娘の言葉に鳳珠は止めるべきか諦めるべきか考えて一つ息を吐くとそっとをしまったのだった。































その日、昇ってきた月に誘われたようにはふらりと屋敷を抜け出した。

突然、勉強が手につかなくなったのだ。

何度も集中しなおそうと思うのだが出来ずにとうとう諦めた。

筆を横において理由を考えても思いも付かない。

いっそ早いが眠ってしまおうと思ったが睡魔は訪れてはくれず散歩することにした。

夕闇という事もあって男物の服を着て歩くは一見すれば少年に見えただろう。

眠くなったら帰ろうとふらふらと詩歌を口ずさみながら歩いていたのだが気付けば?娥楼の近くまで出てきてしまっていた。

姮娥楼に顔を出すことも考えたがこの時間は店が開いて一番客で賑わっているだろう。

そんな場所では客でもない自分は邪魔にしかならない。

「帰ろうかな」

ふらりと踵を返して言葉とは裏腹に王宮方向へと足を向けたのだった。






















仙洞省。

王宮の奥にある風雅の楼塔。

仙人しか立ち入れないという場所にこんな深夜にいる人物などいないはず。

それなのにその影は悠然と其処に在った。

「入りなさい」

「・・・お久しぶり、です」

少女はゆっくりと目上に対する礼をして招きいれられるままその塔へと足を踏み入れたのだった。

何故と言われてもなんとなく、としか言いようが無い。

呼ばれているように足は此処に向かっていた。

そして見つけたのだ目の前の人物を。

「鴛洵様」

すらりと抜き身の刃のように真っ直ぐな人はの目の前でゆっくりと微笑んだ。

























「寒くはないかね」

「はい・・・」

気遣われて頷けばやや困ったように笑われた。

何処からか出されたのか分からないけれど杯に少しだけ酒を入れて振舞われた。

断ろうかと思ったが寒さを和らげてくれそうだと口にした。

「済まなかった。巻き込んでしまって」

「いいえ、それは終わったことです」

気にしないでくださいと首を振る。

彼が謝罪すること。

それは少し前にあった事件のこと。

そしてはその事件の真相を知っていた。

彼を責める資格も許す権利も自分は持ち合わせてはいない。

彼は国のことだけを考えていたのだ。

確かに霄瑤璇という男の背中を彼、鴛洵が真っ直ぐに見据えていたのも事実。

けれどそれだけではないことは今のにはわかっていることだった。

彼はにとって偉大なる人のまま。

「鴛洵様は英姫様の選んだお方。私の茶州州府へ介在の許可も内々に取り計らって頂きその節はありがとうございました」

なにより自分の眼で見る目の前の彼は今でも素晴らしい人だから。

「君に頼みたいことがある」

英姫様の名前に綻びかけた口元を引き締めて鴛洵の口から放たれた言葉。

一瞬の躊躇もなく答えた。

「私に出来る事なら」

「君には・・・いや私が言わずとも理解しているか」

その瞳には少しだけ羨望の色が見えた。

今のには鴛洵が焦がれた世界を垣間見る力があるのをこの状況になって初めて彼は知ったのだ。

「きっと鳳珠様は理解して下さいます」

心配気な眼差しにそう口にした。

明確な輪郭を理解する自分の願いはいつだって。

全ては国と王と大事な人のために。

「私はこの国に来て幸せなのですから」

そう笑えばそうかと微笑まれて。

頭を撫でてくれた。

優しく暖かい掌にはいと答える。

全てはたった一握りの人物と月だけが知っていた。