雪の降る夜に出逢う月は人の形をしていた。


















雪がしんしんと降り出していた。

「ちょっと寒いかも」

酒気は寒さに飛んだのかそれとも時間の経過により抜けてしまったのだろう。

段々と寒さが強くなっているような気がする。

王宮から出てしまってからあの勉強中の集中を乱していた呼ばれるような感覚は消えていた。

きっと鴛洵様が呼んでいたのだろうかと思いびゅうと吹き抜ける寒風に衣の前を手繰り寄せて足早に歩いていれば何故だか目に付いた人影。

「・・・違う」

何処がどのように、と問われればはっきりと答えを出せないものの覇気とも言うようなものがその少年から溢れていた。

「チッ、さっきのでは足りなかったか」

そう聞こえた。

そしてふらりと雪が積もり始めた道に倒れたのである。

「あの、大丈夫ですか?」

慌てて何事かと駆け寄れば寝ていた。

この寒い中、大物である。

「このままだと凍死する、よね」

いくら貴陽が都でもこんな道で寝たら凍死は間違いない。

良くて肺炎で悪くすれば拗らせて死んでしまうだろう。

そんな例を腐るほど見てきたは先ほどと打って変わった少年の幼い雰囲気に違和感を覚えつつも自分より小さいその男の子を

連れてよたよたと雪道を歩き始めたのだった。

彼女自身の異変はすっかりと消えていたことに彼女は気付かなかったのだけれど。


















「助かり、ました。楸瑛様」

「いや、助かったのはこっちだよ」

雪が再び舞い始めた夜道をよたよたと歩いていれば藍楸瑛とかちあったのだ。

少年は先ほど一度目覚めてまた眠ってしまっている。

「しかし君、女性の一人歩きは危ないよ」

「すいません。あの、この子藍将軍と何か?」

「ああ、うん。もう少しすればわかるよ」

楸瑛の曖昧な言葉に自身も曖昧に返事をしてからはた、と思い出した。

「藍将軍は龍蓮のお兄さんなんですよね?」

どう見ても目の前に居る優雅優美な美男で品の良い趣味人代表とも思える彼と彼の弟にはかなりの隔たりがあるのだが。

「ああ・・・って何故君が龍蓮を?もしかして龍蓮が何かしたのかい!?」

慌てっぷりにいつもの余裕たっぷりな楸瑛を知っているは少し驚きつつも馴染みとなった青年を思い出し仕方ないかと思い直した。

何かをされたと言えば色々迷惑を掛けられたのだが許容範囲内だったのでいいえと苦笑するに留めた。

一般よりも許容範囲が広い事実は少女本人が自覚していないことであったのだが。

「龍蓮とは仲良くさせて貰ってます。今度遊びに来るように伝えて頂けますか?」

「ふうん。アレがねえ。どちらかと言うと不肖の弟より私と仲良くして貰いたいな」

余裕を取り戻し笑う楸瑛にはにっこりと笑い返した。

いつもとは少し違う少女の笑顔に楸瑛は思わず姿勢を正した。

そうせずに居られない気配を、意思を、その笑みから武人である彼は感じ取ったのだ。

「藍将軍は嫌いではないですが私よりももっと他に沢山いらっしゃる藍将軍を待っている人を考えてあげてください」

私、賃仕事の関係で泣いてる妓女のお姐さん達を知ってるので。

余計な事を言ってすいませんが、と謝られつつもすっぱり振られた楸瑛が絳攸に

君はきっと良い女性になるよ、私好みのね。君の想い人でなければよかったのにね」

と揶揄って絳攸から本を投げつけられるのはもう少し後の話。




























翌日。

なんだか物騒だなと辺りをさりげなく見回していた。

ざっと四、五人の男がいる。

破落戸風という他の共通点として皆、同じ手巾をしている。

青色の。

本当に物騒だなと思いつつ?娥楼へと歩いていると見知った人物と出会った。

「今日からお嬢様の護衛をすることになったのです」

米倉にて番人をしているにしては顔が良く腕が立ちすぎる静蘭の言葉にはさもありなんと頷いた。

には静蘭の腕前が手合わせをせずともとても強い事はなんとなく分かっていた。

「静蘭さんなら安心ですね。さっきもなんだか性質の良くなさそうな人たちが居ましたから」

にこりと笑う屈託のなさに静蘭は微笑ましく思いつつも訂正を忘れない。

「静蘭と呼んでくださいとお願いしたはずです。様?」

「年上だしつい・・・すいません。えっと、静蘭は青い手巾の人達を見ました?」

「いえ、でも今は時期が時期ですからね」

そう言った彼は人通りの多くなった大路の中、目的の人物を見出した。

「お嬢様、ここです」

「・・・静蘭、と!?」

思っても見なかった人物に会ったという表情の秀麗に静蘭は口を開いた。

酒楼で夕飯を取らないか、と。

お祝いですという静蘭の言葉に秀麗のぱっと花の咲いたような笑顔が浮び嬉しくなる。

大路の向こう側に邵可を見つけた静蘭の言葉に家族団欒の時を邪魔してしまうのではとそう思って断りの言葉を口にしようとして留められた。

「そうね、も影月君も一緒だときっと楽しいわ」

この子も一緒にいいかしらと秀麗は掌の先を右隣に向けたが無人。

「いえ・・・お嬢様、どこにその男の子がいらっしゃるんですか?」

静蘭の言葉に秀麗は驚き辺りを見回した。

「あ、路地裏に連れ込まれてる」

はいち早く少年を見つけて走り出した。

するりと人波を縫って近付く。

静蘭は秀麗を留めたために出遅れていた。

視界の端に邵可がいたと思いつつも足は止めることなく距離を縮めた。

あと数歩の距離でいきなり男達が何かに躓いたようにすっころんだ。

はその原因を悟り他を見ずに少年に駆け寄った。

続けて駆けつけた静蘭は驚きながらも僅かな時間で自らを建て直した。

そとてなおもしつこく立ち上がろうとする破落戸たちを少女に触れさせてなるものかと問答無用で蹴り飛ばした。

人混みによって秀麗にその場面が見えなかったのは運がいいとしか言いようが無い。

の目の前には会いに来た目的の男の子がいた。

「昨日の!具合は大丈夫ですか?」

今のは大丈夫だったみたいだけどと聞けばはっと顔を上げ、影月ですと口早に名乗った子がぐいと顔を近づけた。

「あ、あのっ!昨日会ったんですね!僕の・・・いや、僕何か持ってませんでした?」

このくらいの札なんですが。

手で形を作って言われても心当たりは微塵もなく首を振るしかない。

夜道で彼を拾った時とは別人な様子に少し驚きながら答えようと口を開く。

「何をしてるんですか」

答える前にがちりとの肩を掴んでいた影月の手を掴んだのは破落戸を蹴散らし終えた静蘭だった。

その表情は少しだけ不快げでどうしたのかと首を傾げる。

矜持の高い彼は決して嫉妬したなどと口にしない。

否、できないだろう。

が、まさにそれ以外の何物でもない行動だったのだが自分の事に関しては鈍い少女にはさっぱり気付かない。

そして人の良い影月も、である。

「お疲れ様です。静蘭さん」

大事に思っている少女の労りの言葉にゆっくりと微笑んで我に返った静蘭はすいませんでしたねと影月に謝罪し待っている邵可と秀麗の元へと促したのだった。