一文字、一文字綴っていくもの。

その日の出来事や想いや伝えたい言葉を。

大事な人に出すものほど緊張してなかなか上手くは書けないのだけど。

流れるように筆を滑らす彼の筆跡の美しさに憧れを感じて仕方ない。

いつだって彼は尊敬すべき人なのだから。
















「ゆっくり・・・・とめて・・・・はねるっ・・・・うー、うまくできない」

ぷはっと止めていた呼吸をした少女はお手本となる筆跡と自らの物とを比べてがっくりと肩を落とした。

お手本が書く間に要した時間は数秒。

しかも躊躇など全くない状態。

なのに時間を掛けて書いた自分の字とは雲泥の差だ。

どっちがどっちかなんて言うまでもない。

「むずかしいなあ」

筆先に墨をたっぷり付け過ぎたかなと滲んだ部分を反省する。

文字は書けるようになったが美しい文字ではなくどうしても気に入らない。

それは単に手本が良すぎるということでもあるのだが。

「でもがんばるぞ!」

もう少し斜めに書けばいいんだなと書き取りを続けていくこと数時間。

「できた!」

完成したものを手本と眺めてもそこまで見劣りはしない。

まあ、手本が流れる水なら此方は止まった水溜り程度のものだが。

?どうした」

「絳攸!見て見て!!」

師としてに手習いをさせることとなった絳攸は手本にそっくりなまでに上達した少女の熱心さに些か舌を巻いた。

「じゃあ手習いの最終試験をするか」

「さいしゅうしけん?」

その案を聞いて暫く考え込んでいただが彼のある一言によりやる!と高らかに宣言したのだった。






















父さまへ

お手紙を出すのは初めてですね。

鳳珠さまの筆跡をお手本にさせていただいてお勉強をいたしました。

絳攸はさいしゅうしけんで鳳珠さまにお手紙を書けと言いました。

私はさいしょはいやだなと思ったのです。

鳳珠さまにはかんぺきになってお見せしたいなあと思っていたからです。

でも大好きなひとに書くのはいっしょうけんめいに書くからうまくなるといわれました。

わたしも鳳珠さまに書くお手紙はいっしょうけんめいに書くなあと思ったので絳攸の考えはいいと思いました。

しかも鳳珠さまが喜んでくれると言ったから書きました。

わたしは鳳珠さまが喜ぶことはなんでもしたいです。

は鳳珠さまが大好きです。

だからいっしょうけんめい書きました。

お手紙は初めて書くので変でもゆるしてくださいね。

                  黄 






















仕事の合間に注いだお茶を持っていけば珍しく仕事を中断しているようだった。

「どうしました?鳳珠様」

は古めいた紙をわざわざ巻紙にして大事にしているらしい義父の様子に訝しげに視線を向けた。

貰った恋文だろうかなんて思ったのは内緒だ。

「いや、懐かしいものが出てきてな」

覚えてないか?と差し出されて見せられる。

「あ・・・・取ってあったんですねーそれ」

頬が熱い。

拙い文字も拙い文も恥ずかしくて堪らない。

しかし幼いなりに頭を捻って書いた文のはずなのだが。

「当たり前だろう。可愛い娘からの初めての手紙だからな」

「・・・・捨ててくださいと言えなくなるじゃないですか」

恥ずかしいのにと溜息を吐く少女に鳳珠は凡人なら気絶では済まない笑顔を向けた。

「頼まれても無理な願いだな」

「甘やかすのがお上手過ぎます」

幸いこの会話は通りががった副官しか目撃しなかったので大丈夫だったのだが。

「・・・父と娘にしては甘すぎますね」

砂が吐けそうだとこっそり評価を下しつつも気難しい上司でもあり友人でもある鳳珠のこの上ない幸せそうな様子に彼もまた笑みを零したのである。